コンクリート中鉄筋の腐食現象の解明と防食技術の開発

研究の背景と目的

 コンクリート中鉄筋は,高アルカリ環境下に存在するため,表面に不動態皮膜を生成し,非常に高い耐食性を有している.しかし,海水作用を受ける環境下では,コンクリート中に塩化物イオンが侵入し,不動態皮膜を破壊することが知られている.特にpHが低い状態のコンクリートでは,不動態皮膜の破壊が発生するCl濃度が低下し,腐食が発生しやすくなることが実験的に確認されている.このような,金属の腐食に関する諸性状は,電気化学分野で古くより体系化されており,コンクリート中鉄筋の腐食現象も電気化学的解釈により解明できると考えられている.しかし,コンクリート中鉄筋への電気化学的アプローチは,溶媒がコンクリートであるため電気抵抗が高いことや,コンクリート自体がコンデンサー容量を持つ性質から,既往の電気化学的アプローチが適用できない場合が多い現状である.また,コンクリート中鉄筋の不動態皮膜の組成や塩化物イオンによる不動態皮膜の破壊メカニズムも十分に検討されていない.さらに,腐食した鉄筋に対する防食技術も,電気化学を用いて検討が必要である.
 本研究では,これらの課題を解決するため,次の3つの課題について検討している. 本研究では,コンクリート中鉄筋の腐食現象を解明すること,腐食した鉄筋に対し防食技術の開発をすることを目的としている.このため,次の3つの項目について検討している.項目1)では,コンクリート中鉄筋への電気化学測定の適用性を検討し,項目2)では,項目1)の結果を用いてコンクリート中鉄筋の腐食メカニズムを検討する.項目3)では,項目1)および2)の結果を参考に,腐食した鉄筋に対する防食技術を開発する.
 1)コンクリート中鉄筋へ電気化学測定を適用するための研究
 2)コンクリート中鉄筋の腐食メカニズムに関する研究
 3)電気防食工法による鉄筋の防食効果に関する研究

1)コンクリート中鉄筋へ電気化学測定を適用するための研究

 鉄筋コンクリート構造物中の鉄筋腐食を把握するため,電気化学測定が用いられる.コンクリート中鉄筋の電気化学特性を精緻に測定することができれば,不動態皮膜の健全性や腐食速度など,さまざまな腐食に関する情報を得ることが可能であるが,高比抵抗であるコンクリートを介した測定である為の誤差や,マクロセル腐食による電流線分布の偏り等,コンクリート中鉄筋の電気化学測定には様々な誤差が生じている.このうち,電気化学測定に伴うMembrane potential(以下,MP)も測定結果に影響することが指摘されている.MPは,電気化学測定時に流れる電流などの影響により,コンクリート中のイオンの電気的な偏りが生じることが原因と考えられている.すなわち,コンクリート中の鉄筋腐食を電気化学測定により正しく把握するためには,かぶりコンクリートの諸特性が測定結果に及ぼす影響を定量的に理解することが重要である.
 これまでに,MPが電気化学測定結果に与える影響について把握するとともに,かぶりコンクリートが測定結果に与える影響を考慮したコンクリート中の鉄筋腐食の評価方法について検討した(図-1 論文リスト8)).かぶりコンクリートが自然電位の測定結果に影響を与える要因は,緻密なコンクリートに多い不連続な細孔による水の不連続性の影響と,塩化物イオンの吸湿性の影響の程度により決まると考えられた.また,鉄筋腐食が生じていない場合,かぶりコンクリートの飽和度が低下すると,自然電位の測定誤差が大きくなることを定量的に把握した.













論文リスト
 1)染谷望,加藤佳孝:模擬鉄筋コンクリートを用いた電気化学的測定に関する基礎検討,コンクリート工学年次論文集,Vol.36,No.1,pp.1234-1239,2014.7
 2) 染谷望,加藤佳孝:模擬鉄筋コンクリートのかぶりが電気化学測定結果に与える影響の検討,土木学会第69回年次学術講演会講演概要集,pp.891-892,2014.9
 3) 赤池考起,加藤佳孝,染谷望:鉄筋の交差や腐食の有無が電気化学的測定結果に与える影響の検討,第42回土木学会関東支部技術研究発表会,V-23,2015.3
 4) 染谷望,加藤佳孝:かぶりコンクリートが電気化学的測定結果に与える影響,第62回材料と環境討論会,2015.11
 5) Nozomu Someya, Yoshitaka Kato, Ema Kato, A Fundamental Study on the Influence of Macro cell Corrosion on Electrical Measurement of Reinforced Concrete, International Symposium on Concrete and Structures for Next Generation "Ikeda & Otsuki Symposium (IOS2016), pp.497-503, 2016.5
 6) Nozomu Someya, Yoshitaka Kato, Ema Kato, INFLUENCE OF CONDUCTION OF STEEL BAR ON ELECTROCHEMICAL MEASUREMENT OF REINFORCED CONCRETE STRUCTURE, ICCS16(International Conference on Concrete Sustainability), 2016.6
 7) 染谷望,加藤佳孝,中井裕司,渡部寛文:PC鋼より線を用いた暴露はり試験体の電気化学測定,土木学会第71回年次学術講演会,pp835-836,2016.9
 8) 染谷望,加藤佳孝,星芳直,板垣昌幸:かぶりコンクリートの状況に応じた自然電位による鋼材腐食の評価手法の提案,コンクリート工学年次論文集,Vol.38,No.1,pp2157-2162,2016.7

2)コンクリート中鉄筋の腐食メカニズムに関する研究

 コンクリート中の鉄筋は,高いpHであるコンクリートの細孔溶液によって不動態状態を維持している.しかし,海洋環境のように多くの塩化物イオンが存在する環境下では,塩化物イオンがコンクリートに浸透し鉄筋の不動態皮膜を破壊する.特にpHが低い状態のコンクリートでは,不働態被膜の破壊が発生するCl濃度が低下し,腐食が発生しやすくなる.このような塩化物イオンによる不動態皮膜の破壊は孔食と呼ばれる.孔食に関する研究は発展途上であり,不動態皮膜の性状,破壊メカニズムは解明されていない現状であるため,コンクリート中鉄筋の腐食発生条件も整理できていない.既往の先端研究では,不働態皮膜そのものの物性や塩化物イオンをはじめとした不動態皮膜を破壊する各種イオンの濃度に起因したある電位(皮膜破壊臨界電位)を上回ることで孔食が発生することを,水溶液を溶媒とした実験で確かめられている.コンクリート中鉄筋の不動態皮膜は,コンクリートの細孔溶液や海水のイオン組成が多種イオンによって構成されていることから,不動態皮膜の物性や破壊メカニズムがより複雑になっていると考えられる.このような不動態皮膜に与える複合的な要因をそれぞれ分離して把握することで,コンクリート中鉄筋の不動態皮膜の破壊,すなわち腐食発生条件の予測を可能とすることが本研究の目的である.
  図-1(論文リスト9)は,様々な全塩分濃度を添加したコンクリートの皮膜破壊臨界電位の測定結果である.さらに,測定された皮膜破壊臨界電位とさまざまな濃度の塩化物イオンを添加した水溶液中での皮膜破壊臨界電位を比較することで,コンクリート細孔溶液中の自由塩化物イオン濃度を定量化した(表-1論文リスト9)).今後の研究では,コンクリート中鉄筋とコンクリート細孔溶液に存在する各種イオンを添加した水溶液試験の皮膜破壊臨界電位を測定,比較することで,コンクリート中に存在する各種イオンが鉄筋腐食に与える影響を把握できると考えている.

























論文リスト
 1) 竹内智希,荒木大智,三田勝也,加藤佳孝:アノード要素とカソード要素間の距離とその面積比がマクロセル腐食に及ぼす影響,第39回土木学会関東支部技術研究発表会講演概要集V-3,2012.3
 2) 辺見光平,加藤佳孝,三田勝也,荒木大智:塩分濃度差があるコンクリート中のマクロセル腐食におけるアノードカソードの関係性,第39回土木学会関東支部技術研究発表会講演概要集V-2,2012.3
 3) 染谷望,加藤佳孝:コンクリート鋼材腐食に及ぼす不均質性の影響,第14回コンクリート構造物の補修,補強,アップグレードシンポジウム,pp.499-504,2014.10
 4) 団野雄介,加藤佳孝,染谷望:腐食程度の異なる鉄筋の組み合わせが腐食の進行に及ぼす影響の把握,第42回土木学会関東支部技術研究発表会,V-22,2015.3
 5) 染谷望,加藤佳孝,加藤絵万:電気的導通が鋼材腐食の進行に与える影響の実験的検討,コンクリート工学年次論文集,Vol.37,No.1,pp.931-936,2015.7
 6) Nozomu Someya, Yoshitaka Kato, Experimental study on the effects of electrical continuity on the corrosion progress of rebar, ConMat'15 (5th International Conference on Construction Materials), 2015.8
 7) 染谷望,加藤佳孝,星芳直,板垣昌幸:コンクリート中の鋼材界面の環境が鋼材腐食の進行に与える影響,第70回セメント技術大会講演要旨2016,pp238-239,2016.5
 8) 高村晃司郎,橋本永手,加藤佳孝:飽和水酸化カルシウム水溶液を用いた鉄筋腐食試験の妥当性の検討,第44回関東支部技術研究発表会,V-21,2017.3
 9) Hashimoto Nagate, Yoshitaka Kato, Eguchi Kohei, Influence of chloride ion penetrated into concrete on the destruction of passivation film of steel bar, EUROCORR2017 (15th International corrosion congress), 2017.7

3)電気防食工法による鉄筋の防食効果に関する研究

 塩害を受けた鉄筋コンクリート構造物の補修工法の1つとして電気防食工法がある.電気防食工法の防食基準は,復極量を100mV以上確保する仕様規定型となっている.しかし,既往の研究によれば,復極量100mV未満であっても腐食が抑制されている例があり,電気防食中鉄筋の腐食速度が定量的に把握できれば,残存予定供用期間が短い場合や,応急的な対策,コスト制約等の状況に応じて,この様な防食技術を有効に活用できると考えられる.しかし,現状の腐食速度測定技術では,復極量や防食電流密度等の物理量と,電気防食中の腐食電流密度の関係性が定量的に明らかになっていないため,防食技術の有効性が定量化できていない状況になっている.
  図-1(論文リスト4)は鉄筋の分極性状の概念図である.鉄筋腐食反応によって流れる電流密度(アノード内在電流密度.図中灰色点線)とそれに伴う反応によって流れる電流密度(カソード内在電流密度.図中黒色一点鎖線)の差分が電気防食の必要電流密度(図中黒色実線)であることを利用し,電気防食中鉄筋の腐食速度を定量化する手法(差し引き法)を提案した.図-2(論文リスト4)は差し引き法をコンクリート試験体に適用した例(試験体@,A,Bの順で腐食が激しい)である.横軸の分極量に復極量を代入することで,防食中鉄筋の腐食速度を定量化することが可能である.本研究では,この差し引き法に対して,検証実験を通して,提案手法の妥当性も確認している(論文リスト4).


























論文リスト
 1) 橋本永手,染谷望,加藤佳孝:模擬鉄筋コンクリート試験体を用いた流電陽極方式電気防食工法の防食効果に関する実験的検討,第43回土木学会関東支部技術研究発表会,V-37,2015.3
 2) 橋本永手,染谷望,加藤佳孝:各種要因が流動陽極方式電気防食工法の防食効果に与える影響の把握,コンクリート工学年次論文集,Vol.38,No.1,pp1191-1196,2016.7
 3) 橋本永手,染谷望,加藤佳孝:電気防食工法等による分極中鉄筋の腐食速度の定量評価手法,コンクリート工学年次論文集,Vol.39,No.1,pp1057-1062,2017.7
 4) 橋本永手,加藤佳孝,渡辺佳彦,平間昭信:復極量から電気防食中鉄筋の腐食速度を把握する手法の提案,第17回コンクリート構造物の補修,補強,アップグレードシンポジウム,2017.10