研究成果 注目の論文

環境記憶統合 “注目の論文” No. 1 植物は分化全能性の発揮を積極的に抑えている

  • 論文名
    PRC2 represses dedifferentiation of mature somatic cells in Arabidopsis
    著者名(下線は環境記憶統合メンバー)
    Momoko Ikeuchi, Akira Iwase, Bart Rymen, Hirofumi Harashima, Michitaro Shibata, Mariko Ohnuma, Christian Breuer, Ana Karina Morao, Miguel de Lucas, Lieven De Veylder Justin Goodrich, Siobhan M. Brady, Francois Roudier and Keiko Sugimoto
    雑誌名
    Nature Plants, 1, 15089 (2015) doi: 10.1038/NPLANTS.2015.89
    http://www.nature.com/articles/nplants201589
    解説

    多細胞生物の体が構築される過程では、分化全能性を持った受精卵が細胞分裂と細胞分化を繰り返し、最終的に特殊な構造と生理機能を持ったさまざまな細胞となる。秩序立った多細胞の体を維持するためには、分化が完了した細胞をその状態に留めておかなくてはならない。一方、植物は分化が完了した細胞であっても単離・培養することで分化全能性を発揮し個体を再生する。しかし、植物細胞の分化全能性が通常の個体発生や分化の過程でどのように抑制されているのかは分かっていなかった。

    著者らは、シロイヌナズナのPRC2(Polycomb repressive complex 2)というタンパク質複合体の機能が欠損したPRC2変異体では、根毛細胞が細胞分裂を開始し、不定形の細胞塊であるカルスと不定胚を形成することを発見した (図1)。不定胚の形成は分化全能性発揮の1つの指標である。さらに、このPRC2変異体の根毛細胞では、核内倍加を経て、一度正常に分化した根毛細胞がカルス化と不定胚形成をしていることを明らかにした。


    図1. PRC2変異株の根に形成された不定胚(矢印)とカルス(*)。

    PRC2はヒストンH3タンパク質を構成するアミノ酸のうち27番目のリジンをメチル化することで、クロマチン構造を閉じた状態に変化させ、ゲノムの特定領域での遺伝子発現を抑える。著者らは、シロイヌナズナの根のゲノム上で、どの遺伝子がPRC2によって発現を抑えられているかを網羅的に調べた。その結果、著者らが以前発見した脱分化促進因子のWIND3 や胚発生制御因子のLEC2などの遺伝子発現が抑えられていることを見いだした(図2)。また、 WIND3遺伝子やLEC2遺伝子を強制的に発現させることで、PRC2の機能が正常に働いている植物でも根毛細胞からカルスを誘導できることも明らかになった。


    図2. PRC2は、分化した根毛細胞や根の細胞においてWINDやLEC2などの遺伝子の発現を、直接的(実線)または間接的(破線)に抑えることで、細胞の脱分化を抑え、分化が完了した状態を維持している。

    この研究から、植物が通常の発生・成長の過程で、細胞分化が完了した後に分化全能性を抑制する分子メカニズムがあることが示された。そして、この分子メカニズムの一つとして、ヒストンの化学修飾による脱分化促進因子の遺伝子発現抑制があることが明らかになった(図2)。LEC2やWIND3遺伝子の過剰発現によって引き起こされる根毛細胞のカルス化の頻度は、PRC2変異体よりも低いことや、これらの因子の発現抑制による多細胞化の抑制も完全でないことから、PRC変異体で観察さる根毛細胞の脱分化には、他にもさまざまな因子が関与していることが予想される。今後、それらの因子を探索することで、植物細胞の分化全能性発揮の分子メカニズムがより詳細に明らかになると期待できる。また、様々な環境刺激に応答して植物が分化可塑性を発揮する際に、このようなPRC2などを介したエピジェネティックな分化維持機構がどのように制御され、細胞の分化記憶の解除に関わるのかを明らかにすることも今後の大きな研究課題の一つである。