研究成果 注目の論文

環境記憶統合 “注目の論文” No. 11 傷口から蘇る ~ カルス形成から茎葉再分化への分子カスケード ~

  • 論文名
    WIND1 Promotes Shoot Regeneration through Transcriptional Activation of ENHANCER OF SHOOT REGENERATION1 in Arabidopsis
    著者名(下線は環境記憶統合メンバー)
    Akira Iwase, Hirofumi Harashima, Momoko Ikeuchi, Bart Rymen, Mariko Ohnuma, Shinichiro Komaki, Kengo Morohashi, Tetsuya Kurata , Masaru Nakata, Ohme-Takagi, Erich Grotewold, and Keiko Sugimoto
    雑誌名等
    The Plant Cell, 29(1), 54-69 (2017) DOI: http:/ / dx. doi. org/ 10. 1105/ tpc. 16. 00623
    http://www.plantcell.org/content/29/1/54
    解説

    植物は高い再生能力を持っており、私たち人類はこれを古くから利用してきました。傷をつけた組織(葉、茎、根)の一部を土の中に埋めて植物個体を増やす手法は、紀元前に成立した旧約聖書にも登場し、現在も広く農業や園芸で用いられています。再生能力が高いことで知られる他の生物、例えばプラナリアやイモリなどと同様に、植物においても傷害のストレスが新しく組織・器官を作り直す引き金になっています。生物の再生現象は、由来となる細胞の違いによっていくつかの様式に分類できます。その中には、傷口にいったん多能性(様々な細胞へと変化できる能力)を有した細胞の塊を形成する様式があり、植物ではその細胞塊を「カルス」と呼びます。しかし、傷口でどのようにカルスが作られるのか、またそのカルスからどのように組織が再生するのか、その分子メカニズムは謎に包まれていました。

    近年、モデル植物であるシロイヌナズナを用いた研究から、植物の再生現象に関与する様々な因子が明らかになってきました。我々の研究チームも、傷口のカルス形成を促進する転写因子WOUND INDUCED DEDIFFERENTIATION 1(WIND1)を単離しています。興味深いことに、WIND1遺伝子を人為的に発現させてカルス形成を誘導すると、カルスから茎葉や根など、さまざまな組織の再生も観察されます。このことから、カルス形成と組織の再生は連動した経路であることが予想されました。

    今回、我々の研究チームは、WIND1を足掛かりに、傷口での組織再生に関わる因子を探索しました。WIND1は、様々な遺伝子の発現をONにするスイッチ因子(転写活性化因子)であるため、WIND1スイッチがONの状態になっている細胞の中で高発現している遺伝子を調べました。その結果、「ENHANCER OF SHOOT REGENERATION 1(ESR1)」の遺伝子が候補の一つに挙がりました。ESR1遺伝子は、植物ホルモンを添加して茎葉の再生を誘導する組織培養条件で発現量が増え、茎葉の再生を促進する転写因子であることがこれまでに報告されています。このため、WIND1がESR1遺伝子の発現を制御して茎葉の再生を促進するのではないかという仮説を立て、種々の実験を行いました。

    定量的RT-PCR法やプロモーターアッセイ法を用いて、野生株と、WIND1の機能を抑制した植物体を比較したところ、ESR1遺伝子の発現は、傷口でWIND1依存的に高まることが分かりました。WIND1が、どのようにESR1遺伝子の発現をONにするのか、クロマチン免疫沈降-定量的PCR法やゲルシフトアッセイ、トランスアクチベーションアッセイを用いて調べました。この結果、WIND1はESR1遺伝子のプロモーター領域に直接結合しESR1遺伝子の発現を活性化できることが分かりました。では、ESR1は傷口でどのような働きをしているのでしょうか?

    図1. 野生株(左)とESR1遺伝子の発現を抑えたシロイヌナズナの葉 (右)。ESR1発現抑制株では葉柄の切り口にできるカルス形成が抑えられる。

    ESR1遺伝子の働きを抑えた植物体とESR1遺伝子の働きを促進させた植物体を用いて、傷口でのカルス形成を調べたところ、ESR1遺伝子の働きを抑えた植物体ではカルス形成が抑制され(図1)、逆に促進させた植物体では顕著なカルス形成が観察されました。そればかりか、ESR1遺伝子の働きを促進させた植物体のカルスからは、茎葉の再分化が顕著に見られました(図2)。

    図2.

    つまり、ESR1は傷口でカルス形成や茎葉再生を促進していたのです。WIND1の機能を抑制した植物体でも傷口のカルス形成や茎葉の再生は抑えられます。WIND1の機能を抑制した植物体でESR1遺伝子の発現を強制的に促進させると、カルス形成や茎葉再生能が改善しました。これらの結果から、シロイヌナズナは傷口でWIND1とESR1という2つの転写因子を階層的に機能させ、カルス形成と茎葉再生のための分子カスケードを活性化させていることが明らかになりました。私たちの研究は、傷を受けた植物が単に傷口でカルス形成を誘導し傷を塞ぐだけでなく、そのカルスから新しく茎葉を再生させるための分子経路を持つことを明らかにしたものです。その他、今回の研究では、WIND1が結合するESR1プロモーター上の配列の特定や、ESR1によって制御され、茎葉再生に関与する遺伝子の絞り込みにも成功しています。また、2種類の植物ホルモン、すなわちオーキシンとサイトカイニンの培地への添加が、傷口でのESR1の発現を相乗的に促進させること等も見いだしました(図3)。

    図3. 傷ついたシロイヌナズナの組織は、傷口でWIND1とESR1を階層的に活性化させ、カルス形成や茎葉再生を促進させる。オーキシンとサイトカイニンは傷口で相乗的にESR1遺伝子の発現を促進させる働きを持つ。また、ESR1の下流には茎葉分化に関わる因子が存在している。

    ESR1遺伝子の働きを抑えた植物体では、カルス形成や茎葉再生が完全に抑えられるわけではありません。これは、傷害ストレスによって制御される茎葉再生関連因子が他にも存在することを示唆しています。ESR1やWIND1によって発現が制御される遺伝子の探索を続け、またWIND1やESR1遺伝子の発現を制御する機構を調べることで、傷害による植物再生の分子経路がより明確になります。私たちは、これらの再生関連因子の働きを利用し、効率的な植物再生技術の開発も目指しています。