研究成果 注目の論文

環境記憶統合 “注目の論文” No. 18 植物のオーキシン作用を自在操作する技術の創成

  • 論文名
    Chemical hijacking of auxin signaling with an engineered auxin-TIR1 pair
    著者名(下線は環境記憶統合メンバー)
    #Naoyuki Uchida, #Koji Takahashi, Rie Iwasaki, Ryotaro Yamada, Masahiko Yoshimura, Takaho A. Endo, Seisuke Kimura, Hua Zhang, Mika Nomoto, Yasuomi Tada, Toshinori Kinoshita, Kenichiro Itami, *Shinya Hagihara, and *Keiko U. Torii
    雑誌名等
    Nature Chemical Biology, 14, 299-305 (2018), doi: 10.1038/nchembio.2555
    https://www.nature.com/articles/nchembio.2555
    解説

    植物ホルモンのオーキシンは側根(根の枝分かれ)の誘導、維管束(水や養分の通り道)の発生、花芽の形成や果実の成熟など、多彩な役割を持ちます。しかし、特定の作用だけを自在に操作することは難しく、学術的研究でも応用面でも大きなハードルとなっていました。

    オーキシンは受容体であるTIR1タンパク質に結合して作用を発揮しますが、今回、bump-and-hole法(凸凹法)という分子設計により、内在性のオーキシン受容体には結合しないオーキシン類縁化合物と、その改変オーキシンにのみに結合する改変受容体を創出しました。

    図1."

    具体的には、TIR1のオーキシン結合ポケットのフェニルアラニン(F79)をグリシン(G)に置換することで芳香環を除いて結合ポケット内に余分なスペースを作ると(この改変受容体を凹受容体と呼ぶ)、内因性のオーキシンであるインドール酢酸(IAA)との結合能が失われました。次に、取り除いた芳香環をオーキシンに移したような類縁化合物(5-(2-MeOPh)-IAA)を合成したところ、この改変オーキシン(IAAにでっぱりがあるので凸オーキシンと呼ぶ)は、野生型のオーキシン受容体には結合できない一方で、改変TIR1受容体(凹受容体)には強く結合しました。


    この凸オーキシン・凹受容体のペアが植物を用いても働くのか調べるために、凹受容体を発現するシロイヌナズナを用いた実験を行ったところ、まず、野生型植物を凸オーキシンで処理してもオーキシン作用は起こりませんでした。一方、凹受容体を発現させた植物を凸オーキシンで処理すると、根の伸長阻害、矮小化、側根発生の促進など、野生型植物をIAAで処理した場合と全く同じ影響が顕れ、今回開発したペアは植物でも想定通りにオーキシン作用を作動させることがわかりました。

    さらに、このペアを用いて、オーキシンが引き起こす植物の素早い伸長生長(酸成長と呼ばれる)を解析しました。この現象にTIR1が関わるのかはこれまでに議論に決着がついていなかったのですが、凹受容体を導入したシロイヌナズナを凸オーキシンで処理すると酸成長が起こりました。すなわち、TIR1が活性化すると酸成長が起こることがわかりました。

    オーキシンは農薬や成長促進剤として広く花卉・農作物に利用されていますが、オーキシンは植物個体の様々な部位に作用して成長を撹乱させてしまう物質でもあるので、植物を枯死させてしまうなどの悪影響が生じやすいことが知られています(この悪影響は除草剤として活用されます)。この悪影響を防ぐには、目的外の部位にオーキシン剤がかからないような細心の注意が必要で、農作業の大きな手間になっています。

    図2."

    今回創出に成功した凸オーキシンは、凹受容体を持たない植物には作用しないので、凹受容体を目的の部位にだけ導入しておけば、大雑把に噴霧してもその狙った部位だけでオーキシン作用を引き起こすことが可能になることから、今後、様々な植物種・作物種で活用されていくことが期待されます。