研究成果 注目の論文

環境記憶統合 “注目の論文” No. 4 イネが芒を消失した分子メカニズムと栽培化の過程を明らかに

  • 論文名
    Loss of function at RAE2, a novel EPFL, is required for awnlessness in cultivated Asian rice
    著者名(下線は環境記憶統合メンバー)
    Kanako Bessho- Uehara, Diane R. Wang, Tomoyuki Furuta, Anzu Minami, Keisuke Nagai, Rico Gamuyao, Kenji Asano, Rosalyn B. Angeles-Shim, Yoshihiro Shimizu, Madoka Ayano, Norio Komeda, Kazuyuki Doi, Kotaro Miura, Yosuke Toda, Toshinori Kinoshita, Satohiro Okuda, Tetsuya Higashiyama, Mika Nomoto, Yasuomi Tada, Hidefumi Shinohara, Yoshikatsu Matsubayashi, Anthony Greenberg, Jianzhong Wu, Hideshi Yasui, Atsushi Yoshimura, Hitoshi Mori, Susan R. McCouch, and Motoyuki Ashikari
    雑誌名等
    Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 113 (32), 8969-8974 (2016), doi: 10.1073/pnas.1604849113
    http://www.pnas.org/content/113/32/8969.full
    解説

    現在人類が利用している重要な作物は、野生種から「栽培化」を通して誕生しました。すなわち栽培化とは、野生の植物をより扱いやすく、より収量が高く安定的に採集でき、より食味のよいものへと改良していく取組みと言い換えることができます。

    芒は、種子の先端に形成される突起状構造物で、長いものは十数cmに達し、その表面には鋸歯状の細かい棘が形成されるため、自然環境下では鳥獣による食害から種子を保護する役割、および動物の毛にからまって遠くに種子を運搬させる役割があると言われ、すべての野生イネでは種子先端に非常に長い芒が観察されます(図1)。

    しかし、ほとんどの栽培イネでは、この芒を保持していません。これは、芒は農業を行う上で、播種や収穫を煩雑にし、種子貯蔵の際の妨げになるとして栽培化の過程で選抜・除去されたからです。今回、イネが芒を消失した分子メカニズムと栽培化の過程を明らかにしました。

    芒遺伝子の同定

    まず、イネの12本ある染色体のうち、第4、第8染色体の2つに芒形成の遺伝子があることを見いだしました。それぞれ、Regulator of Awn Elongation 1 (RAE1)RAE2と命名し、今回、RAE2遺伝子(Os08g0485500)を突き止めることに成功しました。芒のある野生イネのRAE2遺伝子を栽培イネの1つであり芒の無い日本晴に導入したところ、芒が形成されました(図2)。また芒のある系統でRAE2遺伝子の発現を抑制すると芒の長さが短くなりました。

    遺伝子配列検索の結果、RAE2はEPFL1とよばれる分泌型ペプチドの一つであることが明らかになりました。分泌型ペプチドとは、N 末端側に存在する分泌型シグナル配列をもち、小胞体やゴルジ体を経由して細胞外へ分泌される比較的短いペプチドのことを指します。この中には、様々な翻訳後修飾やプロテアーゼによる切断を受けて10アミノ酸程度となってから分泌されるものと(短鎖翻訳後修飾ペプチド)、分子内ジスルフィド結合の形成を経て比較的長鎖のまま分泌されるもの(システインリッチペプチド(CRP))の二種類に大別することができます。

    このうちRAE2は、システインリッチペプチド(CRP)に属していました。野生イネではRAE2が正常に機能していますが、栽培イネでは、このRAE2遺伝子に突然変異が入り、機能が喪失していました(図3)。

    これまで多くの植物の形態形成や細胞間情報伝達は、サイトカイニンやオーキシンといった植物ホルモンによって制御されることが報告されてきましたが、近年、分泌型ペプチドを介した制御機構の存在が次々と明らかになってきています。今回、分泌型ペプチドRAE2がイネの芒形成に関与していることが明らかになりました。

    栽培化の過程でのRAE2の選抜

    イネは他の穀物とは異なり、単一起源では無く、アジアとアフリカという2ヶ所の栽培化がおこりました。アジアでは野生種Oryza rufipogonからO. sativaが、アフリカでは野生種O. barthiiからO. glaberrimaが栽培化されましたが、両者とも栽培化の過程で芒を失っています。

    アジアとアフリカの野生イネ、アジアとアフリカの栽培イネにおいて、RAE2遺伝子の配列を比較してみると、アジアの栽培イネの多くは、RAE2遺伝子に突然変異がはいっていましたが、アフリカの栽培イネにはこの遺伝子に突然変異がありませんでした。この結果から、アフリカの栽培イネでは、これまでに同定されたRAE1RAE2とは異なる遺伝子RAE3(未同定)が機能喪失していることが遺伝学的に証明されました。

    これまで、アフリカとアジアにおけるイネの栽培過程では様々な共通した形質が選抜されてきました。例えば、白い種子、種子が穂から自然落下する脱粒性の喪失、収穫を容易にするための垂直な草型などです。これらの形質はO. sativaO. glaberrimaの2種で同一の遺伝子に異なる変異がおこり、それぞれ同じ表現型になったことが知られています。しかし一方これまで、アフリカとアジアにおけるイネの栽培過程で同じ形質が誕生したにもかかわらず、違う遺伝子の選抜が原因だった例は見つかっていませんでした。
    本研究は、地理的に離れた2つの地域で栽培化された種において同じ表現型を示すにもかかわらず、異なる遺伝子変異が選抜された事を実証した初の例となりました(図4)。