研究成果 注目の論文
環境記憶統合 “注目の論文” No. 8 高温ストレス応答のマスター制御因子の活性抑制に関わる領域を発見
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- 論文名
- The transcriptional cascade in the heat stress response of Arabidopsis is strictly regulated at the level of transcription factor expression
- 著者名(下線は環境記憶統合メンバー)
- Naohiko Ohama, Kazuya Kusakabe, Junya Mizoi, Huimei Zhao, Satoshi Kidokoro, Shinya Koizumi, Fuminori Takahashi, Tetsuya Ishida, Shuichi Yanagisawa, Kazuo Shinozaki, and *Kazuko Yamaguchi-Shinozaki
- 雑誌名等
- Plant Cell, 28 (1), 181-201 (2016), doi: 10.1105/tpc.15.00435
http://www.plantcell.org/content/28/1/181 - 解説
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高温ストレスは日周、年周の温度変化や熱波のような異常気象など、様々な要因で引き起こされる環境ストレスである。高温ストレスは細胞膜やタンパク質の構造を破壊すると同時に、活性酸素種を発生させることで細胞活動に深刻な障害を引き起こす。このため、温度上昇を感知した細胞は、速やかに多数の高温ストレス防御遺伝子(HSPなど)の発現を誘導し、高温ストレスに対処する。この応答の制御機構は真核生物で広く保存されており、そこでは熱ショック転写因子(Heat shock transcription factor, HSF)が中枢制御因子として働く。これまでに我々の研究グループは、植物のHSFの中では、A1グループに属するHSF(HsfA1)が高温ストレス応答のマスター転写因子であることを明らかにしていた。HsfA1は植物細胞内に常に少量存在し、高温ストレスによって速やかに活性化する。しかし、高温ストレス時にHsfA1が活性化するメカニズムや、HsfA1の活性化が高温ストレス応答を引き起こす必要十分条件なのかは分かっていなかった。
今回、我々の研究グループはHsfA1タンパク質の活性制御領域の同定を試み、HsfA1自身の活性抑制に関わる領域を発見した。この領域はストレスがない時にHsfA1の活性を強く抑えるが、高温ストレス時にはその機能が弱まった。抑制機能の温度依存性から、この領域をTemperature-dependent repression domain(TDRドメイン)と名付けた。高温ストレスによって活性化するというHsfA1の性質は、TDRドメインを介した活性調節が生み出していると考えられる。続いて、TDRドメインにはHsfA1の活性を抑えるタンパク質が結合するのではないかと予想し、HsfA1の相互作用タンパク質を探索した。すると、TDRドメインに結合するHsfA1活性抑制因子としてHSP70が同定された。HsfA1とHSP70の結合は高温ストレス処理によって減少したことから、TDRドメインによるHsfA1活性制御機構の実体は、TDRドメインを介したHSP70の結合とその解離であると考えられた。さらに、全長のHsfA1(FL)、またはTDRドメインを含む領域を欠失したHsfA1(Δ1)を過剰発現させたシロイヌナズナ(それぞれFL植物、Δ1植物)を作出した。すると、Δ1植物ではFL植物よりもHSP遺伝子が強く発現しており、高温ストレス耐性も著しく向上していた(図1)。この結果から、TDRドメインは実際に、植物体内でHsfA1の活性抑制に関わっていることが示された。
図1 TDRドメインを欠失したHsfA1(Δ1)はHSP70による抑制を受けないため、Δ1植物ではHSPが高蓄積することで高温ストレス耐性が高まる。
これまでの高温ストレス応答の制御モデルでは、マスター転写因子であるHsfA1の活性化が、応答全体を誘導する引き金になると考えられていた。そのため、Δ1植物では高温ストレス応答が常に活性化されていると予想し、Δ1植物のトランスクリプトームを解析した。すると興味深いことに、Δ1植物ではHSPの発現は強く活性化されているものの、高温ストレス誘導性転写因子の発現はほとんど変化していなかった。この結果から、HSPと転写因子は共にHsfA1の制御下にあるものの、その制御には違いがあると考えられる。転写因子は高温ストレス応答を促進する働きを持つため、過剰な発現は植物に悪影響をもたらす。高温ストレス応答の強さを適切に維持するため、転写因子の発現はHsfA1以外の因子も関与した、より厳密な仕組みによって制御されていると考えられる(図2)。
図2 転写因子の発現は、HsfA1の活性化のみでなく、未知の因子も関わることで厳密に制御されている可能性がある。
TDRドメインは陸上植物に広く保存されていることから、本研究で明らかとなったHsfA1の活性制御機構は、トマトやダイズといった作物でも保存されていると考えられる。そのため、TDRドメインとHSP70の相互作用をターゲットとした阻害剤の開発や、TDRドメインを標的としたゲノム編集などにより、植物の高温ストレス耐性を向上させる技術が開発できると期待される。