研究成果 注目の論文

環境記憶統合 “注目の論文” No. 9 植物の根の拡散障壁「カスパリー線」をつくるホルモンを発見

  • 論文名
    A peptide hormone required for Casparian strip diffusion-barrier formation in Arabidopsis roots
    著者名(下線は環境記憶統合メンバー)
    Takuya Nakayama, Hidefumi Shinohara, Mina Tanaka, Koki Baba, Mari Ogawa-Ohnishi and Yoshikatsu Matsubayashi
    雑誌名等
    Science, 355(6322), 284-286 (2017) DOI: 10.1126/science.aai9057
    http://science.sciencemag.org/content/355/6322/284.full
    解説

    植物は根から栄養分を吸収して成長しますが,土壌中には生育に必須なイオン成分のみならず,生育に害を与える成分も存在しています.またそれらの濃度は環境によって大きく変動します.植物の細胞と細胞の隙間(細胞間隙)には細胞壁が存在しますが,細胞壁はすべての物質を通すため,そのままでは細胞間隙を通って組織の内部にまで各種イオン成分が侵入してきます.今から約150年前の1865年にRobert Casparyが発見したカスパリー線は,根の内側の内皮細胞の周囲に形成される疎水性の拡散障壁(防水バリア)で,細胞同士の隙間を完全に埋めることによって,栄養分の輸送に関わる道管と外界との間における分子の自由な行き来を防ぐ働きをしています(図1).カスパリー線がバリアとなるおかげで,変動する土壌環境の影響を受けることなく道管内に安定して栄養分を取り込むことができます.

    海外のグループのこれまでの研究により,内皮細胞の表面に発現している受容体タンパク質GSO1/SGN3が,カスパリー線の形成に必要であることが明らかとなっていました.この受容体型タンパク質が属するファミリーには,ペプチドホルモンを認識するものが多いことから,カスパリー線の形成を制御する未知のペプチドホルモンの存在が示唆されていました.

    本研究グループは,モデル植物であるシロイヌナズナのゲノム情報を利用して,ペプチドホルモンをコードする可能性の高い遺伝子群を選び出し,それらの機能を解析する研究を行なっています.また,多数存在する受容体タンパク質を個々に発現させたライブラリーを使って,ペプチドホルモンの受容体を迅速に見つけ出すシステムを確立しています.この研究過程で,本研究グループはカスパリー線の形成に関わる受容体GSO1/SGN3とその類縁タンパク質GSO2に特異的に結合する2つのペプチドを発見しました(図2).

    2つのペプチドはアミノ酸配列が互いに非常に類似しており,ファミリーであると考えられます.これら2つのペプチドを欠損する植物では,カスパリー線が正しく形成されず多数の穴があくこと,また合成ペプチドを欠損株の根に与えると正常なカスパリー線が回復することなどから,これら2つのペプチドがカスパリー線形成の重要な制御因子であると結論づけ,Casparian strip Integrity Factor(CIF)と命名しました.

    CIF1とCIF2は,カスパリー線がつくられる内皮細胞よりも内側の細胞層(中心柱)で発現しています.このことは,カスパリー線の形成が内側から制御されていることを示しています(図4).CIF1とCIF2は,カスパリー線がつくられる内皮細胞よりも内側の細胞層(中心柱)で発現しています.このことは,カスパリー線の形成が内側から制御されていることを示しています(図4).

    さらに本研究グループは,CIF1とCIF2を欠損する植物ではカスパリー線が機能せず,根から栄養分が漏れ出たり土壌から有害な成分が侵入するために,植物体が土壌成分の変動に耐えられず,正常に生育できないことを見出しました(図5).

    例えば,過剰の鉄イオンは植物に有害ですが,通常はカスパリー線がブロックするため,道管内への流入は起こりません.しかし,CIFを欠損する植物では過剰の鉄イオンがそのまま道管内へ流入するため,植物が枯れてしまいました.また,植物にとって重要な栄養素のひとつであるカリウムイオンは,根が活発に吸い上げるため通常はかなりの高濃度で道管内に蓄積していますが,CIFを欠損する植物ではカリウムイオンが道管外へ漏れ出てしてしまい,植物の生育が悪くなりました.これらの結果は,カスパリー線が根からの安定的な栄養吸収に大きな役割を担っていることを示しています.

    植物は動物のように動き回ることはできませんが,変動する自然環境に巧みに適応するしくみを持っています.今回のペプチドホルモンのCIFの発見は,常に至適栄養条件とは限らない自然界で,植物が生き延びるための戦略の一端を解明したものとして,極めて大きな意義があります.また,カスパリー線は,植物の耐塩性と密接に関連していると考えられています.国土を海に囲まれた日本では,耕作地の塩害がしばしば問題になりますが,今回得られた知見はカスパリー線機能の人為的な改変を可能にするものであり,今後の農業分野への応用が期待されます.