![]() 物理学では相転移現象をどのように取り扱う事ができるだろうか?たとえばこの「水はなぜ凍るのか?」という問題に対して、学部2年までの間に学んだ力学や電磁気学を用いて答えを出す事はほとんど不可能である事は直感的に分かるであろう。これはアボガドロ数個のH2O分子一つ一つに運動方程式をたてて解決できる問題ではなく、「熱」「エントロピー」といった物理量を導入し統計的なアプローチを持って初めて記述できる問題である。 本実験課題では、コンピュータによるシミュレーションを通して、まずはこの「相転移」についての理解を深めてみよう。 |
◆ 磁性体について・スピンについて
本実験課題で取り扱う系は上で述べた水分子の系ではなくスピン系である。スピンと聞いてなじみの薄い人もいるかもしれないが、一般的な磁石の中の出来事だと考えればイメージしやすいのではないだろうか。![]() もう少し具体的に言うと、一つの原子がもつ磁気モーメントは二つの起源がある。一つは原子核の周りを回る電子一つ一つがもつスピン角運動量からくる物であり、いわば電子自身が最小単位の磁石である事に起因する。もう一つは荷電粒子としての電子が原子核の周りを軌道運動することにより生じる(いわば円電流による磁場の発生)ものである。これらを合わせた物が一つの原子の「磁気モーメント」となる。 この課題では磁気モーメントを持った原子がN個集まった系を考えるのだが、それらが互いに影響を及ぼさない孤立した磁気モーメントである場合には相転移は起きない。 しかしながら実際の物質(磁石)では磁性原子が結晶格子を組んでおり、それぞれの原子の周りの電子の波動関数が重なり合って結合している。この場合、量子力学的効果により原子同士の間に「交換相互作用(exchange interaction)」と呼ばれるものが働く。これは二つの原子の磁気モーメントを同じ方向に(あるいは反平行に)そろえようとする力であり、交換相互作用による系全体のエネルギーは ![]() である。ここでSiはi番目の磁性原子の磁気モーメントであり、Jは交換相互作用定数である。J>0である系(物質)を強磁性体、J<0である系(物質)を反強磁性体と呼ぶ。 上の式を見ても分かる通り、J>0では磁気モーメント同士が同じ方向を向いた時にS・Sの内積が最大となり、エネルギーが最小となる。その反対に、J<0の場合は磁気モーメント同士が反対向きの時にエネルギーが最小となる。 次に系に外部磁場Hがかかっている場合を考える。この場合、磁気モーメントSiと磁場との間にはゼーマン効果として知られている相互作用があり、その効果によるハミルトニアンは以下のように書ける。 ![]() (正確には上式の右辺には「gμB」という因子がつくが、シミュレーション内ではこれを「1」とおく。) これをふまえて、我々が考えているスピン系のハミルトニアンは上記の二つのエネルギーの功を含む以下のような形になる。 ![]() 新しい用語がたくさん出てきたので整理すると
◆ 2次元Isingモデル
説明が長くなってしまったが、これから本題のこの課題で取り扱う系について説明する。実際の物質中における原子の磁気モーメントは3次元的に向きを変える事ができる(物もある)が、ここでは計算の簡略化のためある容易軸方向に「up」と「down」の二つの状態しかとれない磁気モーメント(以下単純に「スピン」と呼ぶ)を考えよう。
さらにこのスピンを2次元的な正方格子の上に並べて、隣り合うスピンの間にのみ正の交換相互作用J>0が働くとしよう。
これが今回我々が扱う「2次元正方格子Isingモデル」である。ずいぶん大胆に簡略化してしまったように思うかもしれないが、この系はL.Onsager(1944)によって初めて厳密に解かれ相転移を統計力学が記述しうることを初めて知らしめた系であり、相転移の物理の本質が詰まった非常に重要な系である。まずはこの系を用いて相転移を体感する事から始めよう。 >>第一章の課題へ |