マイクロ波散乱実験


3-2 一次元格子からの散乱

 一次元方向に並ぶ原子による散乱を考えよう。 導入として、二本の原子棒からのBragg反射を見る。二本の原子棒からの反射波の位相差は(波数)×(光路差)で求めることが出来る。



図4 Bragg反射

位相差=
   =(Kは実数)・・・(1)
このとき、K=m (mは整数)であれば
 (mは整数)・・・(2)
となり、Braggの条件と同値で強め合いが起こる。このことを実験2で確認する。

実験2



図5 二本の原子棒からの反射(格子定数b=6[cm]、波長λ=3.27[cm])

 図5の様に結晶台を、二本の原子棒を通る平面に垂直な平面が入射ビームとなす角がθとなるように、また受光器がψ=2θとなるように同時に動かして、入射角=反射角=θを設定する。ψ(=2θ)>50°なる範囲で測定するということを考慮に入れて、θを25°から75°まで1°間隔で変化させ、Intensityを測定せよ。

解説2

(2)式からの計算によると、θ1=15.8°、θ2=33.0°、θ3=54.8°のところ(図6)で反射波が強め合うはずである(θ1は測定範囲外なのでこの実験では確認ができない)。隣り合う原子棒からの反射波はθ1で2π、θ2で4π、θ3では6πだけ位相がずれているのだが、図6の様なθ依存性を見ただけでは15.8°、33.0°、54.8°と、不規則((2)式によりsinθに比例してしまうため)で位相に関する情報が分かりにくい。そこでsinθを含む次の量を考える。


図6 二本の原子棒からの反射波の合成波



図7 散乱ベクトル

散乱ベクトルという量
  
を用いると、弾性散乱である場合 より図7から
 ・・(3)
さらに、(3)式に(1)式を代入して
 (Kは実数)・・・(4)
 となる。ここで、(4)式に(3)式を代入して得られる
 
によって図6の横軸をθからKに変換すると図8の様になる。K=m(mは整数)となるK=1、K=2、K=3では位相差がそれぞれ2π、4π 、6πとなっていて、強め合っているのが分かる。これにより位相の情報も一見して分かるようになった。



図8 横軸をKとしたグラフ


 この様に波数空間で考えると、(4)式において方向にの整数倍の大きさを持てば反射波は強め合うことができる。この波数空間を逆格子空間といい、この空間における、方向にの整数倍になる位置を逆格子点という(図9)。また、逆格子点を指し示すベクトルは
 (mは整数)
で表され、このを逆格子ベクトルと呼ぶ。
この場合、散乱ベクトルが逆格子ベクトルに一致
 
すれば反射波は強め合うのである。



図9 逆格子空間と逆格子点

つぎに、原子棒を三本にしたらどうなるだろう。

実験3



図10 三本の原子棒からの反射(格子定数b=6[cm]、波長λ=3.27[cm])

 実験2と同様に、原子棒を三本にして行え。

解説3



図11 二本と三本の比較

 二本と三本を比較すると(図11)二本の場合に強め合っていたK=2、K=3(位相差はそれぞれ4π、6π)では、三本の場合のほうがIntensityが一本分強い。また、二本の場合に弱め合っていたK=1.5、K=2.5では、三本置いたことにより小さなピークが出来ている。K=1.5、K=2.5において隣り合う原子棒からの反射波の位相差はそれぞれ3π,5πつまり三本のうちの二本が打ち消し合い、残りの一本からの反射波が残ってしまう。逆にK=、K=、K=では位相差がそれぞれとなり、三本は完全に打ち消し合う。
 これまでは散乱ベクトル方向にあったため、方向に並ぶ原子の周期により、強め合ったり、弱め合ったりしていた。では、方向以外を向いたらどうなるだろうか。

実験4



図12 散乱の様子(格子定数b=6[cm]、波長λ=3.27[cm])


方向に直交する単位ベクトルをとし、散乱ベクトル
 (H、Kは実数)・・・(5)
となるときの散乱(a は適当な正の実数で、便宜上方向の係数とそろえて記述した)について、以下の実験を行え。


図13 図14
図13、図14 波数空間におけるの変化

実験4_1

 図13の様に、H=2.0(a=6とする)としてKを0から3.0まで0.1ごとに変化させてIntensityを測定せよ((2 K)Scan)。

実験4_2

 図14の様に、H=2.2(a=6とする)としてKを0から2.8まで0.1ごとに変化させてIntensityを測定せよ((2.2 K)Scan)。
 設定は次の通り。


図15 初期設定



図16 測定の様子
 図15の様に原子棒を配置し(b=6[cm]、三本一列)、入射ビームと方向を同一にして、その後Labviewに従って結晶台をω、受光器をψだけ回転させよ(図16)。

解説4

図17を見ると、なんとK=整数でピークが現れて(強め合って)いるではないか。実験3と併せて考えてみると、散乱ベクトルが(5)式において、Hの値によらずKが整数となっていれば強め合っているのが分かる。あるにおける、隣り合う原子棒からの反射波の位相差を調べてみよう。


図17 (2 K)、(2.2 K)Scanの結果




図18 一次元(H K)散乱の様子



 
 ・・・(6)
また、位相差は図18より
  位相差=(波数)×(光路差)
 =・・・(7)
(7)式に(6)式の方向の成分を代入して
  位相差=・・・(8)
となり、位相差はHに依らず、Kが整数であれば強め合うのである。
 結果として、一次元格子からの散乱はが図19の様に線上のどこかに位置すれば反射波は強め合う。これは方向に周期性がないことに起因している。


図19 一次元格子の逆格子空間と逆格子点


 ここで、図19の線上に沿ってScanを行ってみよう。

実験5



図20               図21
図20、図21 の変化


実験5_1

 図20の様に、K=0として(a=6とする)Hを1.6から3.5まで0.1ごとに変化させてIntensityを測定せよ((H 0)Scan)。

実験5_2

 図21の様に、K=2.0として(a=6とする)Hを0から2.9まで0.1ごとに変化させてIntensityを測定せよ((H 2)Scan)。
  実験3、実験4と同様に結晶台に原子棒を配置し(b=6[cm]、三本一列)、設定も実験4と同様に行え。

解説5



図22 (H 0)、(H 2)Scanの結果


 図22を見ると、原子棒の散乱能(解説1参照;実験1ではψ>50°で散乱能はほぼ一定と見なしたが、実際には多少の角度によるIntensityの違いがあったはずだ)が起因して多少の強弱があるが、それでも全てのHにおいてIntensityが強かった。Hの値によらず位相差は(8)式にK=0((H 0)Scan)、K=2((H 2)Scan)を代入して得られるように0((H 0)Scan)、4π((H 2)Scan)となっているためである。
 実は、観測されたIntensityは格子のFourier変換に関係していることが以下の議論から分かる。二次元散乱体からの散乱を考えよう。


図23 散乱体からの散乱(での散乱能)


 方向からの入射ビームが散乱体により方向に散乱される(図23)。原点Oの面積素片とそこからだけ離れた面積素片からの散乱波の干渉は位相差
       位相差=
        =
          =
で決まる。面積素片からの散乱波の散乱体全体からの重ね合わせを求めると
 ・・・(9)
となる。ここでは散乱振幅と呼ばれ、散乱能のFourier変換の形となっている。ところで、Intensityは受光器の特性によりに比例する。つまり、観測されたIntensityは、散乱前後の波数ベクトルによって定まるが指定する、散乱体のFourier変換におけるFourier成分の絶対値の自乗を表している。
 (9)式をもとに、これまでに行った実験である、原子棒が二本の場合と三本の場合について計算してみよう(ρ0 (=定数)は原子棒の散乱能を表す)。

(i)二本の原子棒からの散乱()
       
              
 これより、Intensity(∝)は図24の様になる。


図24 二本の原子棒の強度分布(に垂直なベクトル)


       (ii)三本の原子棒からの散乱()


 これより、Intensity(∝)は図25の様になる。


図25 三本の原子棒の強度分布


例えば、実験2、実験3においては

より、図24、図25の方向にScanしたことになる(図26、図27)。


図26 図24の方向




図27 図25の方向


 ついでに現実の結晶のように、n→∞個の原子からの散乱を考えよう。





図28 n→∞個の原子からの散乱


 これより、Intensityは図28の様になる。この場合、格子が無限に続き完全に周期性をもつことから、ある特定ののみが存在する(Fourier級数)。