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本書は待ち行列理論について解説したものである.待ち行列理論は20世紀の初めに電話交換機の必要台数を計算するために生まれたが,現在では,情報通信,計算機などのネットワーク,在庫,生産システムの設計や運用などに幅広く使われている.これらは不確定な要因を含むため,偶然現象の理論である確率論に基づいた数理モデルとして表すことができる.この数理モデルの特性を解明するために生まれた手法は待ち行列理論としてまとめられ,偶然現象を含むさまざまな現象の数理的な解析に大きな影響を与えてきた.
本書は3部から構成されている.第I部では,待ち行列とはどのような現象で,待ち行列理論の目的はどこにあるのかを確率論を使わずに初等的な数学だけを使って解説した.この部分は予備知識のない読者が理解できるように配慮した.確率論が応用されるどの分野も,分野に固有の問題意識があり,これは待ち行列理論にも当てはまる.この問題意識を論じるためには,確率論を使わない方がよいと考えた.
第I部が待ち行列が目指すものに重点をおいたのに対して,第II部では確率論に基づいた理論展開を行う.確率を使った説明になるが,理論の背後にある考え方を説明するよう試みた.大学2, 3年生程度の確率と確率過程理論(主にマルコフ連鎖)の基礎的な知識を仮定しているが,できる限り最小の前提知識で理解できるよう心がけた.確率について不案内な読者が第II部を読む際には,やさしい確率の本を手元におくことをお薦めする.
第III部は確率測度を複数同時に使うモデル化の方法について論じる.従来の待ち行列理論ではあまり意識されていない方法であるが,実際には形を変えて使われてきたものである.このモデルを意識的に使うことにより,モデルの解析が数学的に簡単になり,計算の見通しがよくなることを示す.数学的表現が多く抽象的でわかりにくい部分もあるが,内容は簡単であり,一度この考え方に慣れると,直感的な計算を厳密な計算に置き換え,理論を発展させることができる.
本書は待ち行列理論の数理的な方法をなるべく広く扱うよう心がけたが,扱うことができなかった分野もある.特に,最近の待ち行列理論で研究が進められている確率過程の列に関する極限定理は数学的に難しいことから省いた.例えば,流体モデルや拡散過程モデルがこれらの極限過程として得られる.これらは,複雑な問題を単純化する方法であり,システムの最適な運用を論じる上で重要になりつつある.
本書の第I部と第II部の一部については,著者が東京理科大学理工学部情報科学科で行った学部3年生を対象とした講義に基づいている.また第II部の主要な部分は同学科の大学院における講義を発展させたものとなっている.なお,内容の理解を確認するためにすべての章に演習問題を付け,解答を著者のホームページに掲載した.アドレスは以下の通りである.
http://queue3.is.noda.tus.ac.jp/miyazawa/jbook/
本書は学部でも大学院でも,また,単に待ち行列に興味がある方にも読んでいただけるように心がけた.間口を広くした分,内容に無理があるところがあるかもしれない.読者の批判を仰ぎたい.
最後に,本書を執筆する際に有益な助言をいただくと共に,長い間温かく見守っていただいた牧野書店の牧野末喜氏に心から感謝したい.
2006年2月 著者しるす
改訂, 2006年4月2日 |
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