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Research(研究紹介)

 当研究室では、有機合成化学を基盤として不斉合成、キラル化学研究に取り組んでいます。アミノ酸の前生物的生成機構であるストレッカー反応に着目したキラリティーの起源研究に興味を持ち、アミノ酸合成中間体の不斉増幅を足掛かりとして、アミノ酸自身が自己複製・自己増殖する反応の実現を目指します。
 さらには、提唱される不斉の起源とアミノ酸分子不斉(ホモキラリティー)とを関連付けるエナンチオ選択的ストレッカー反応を開拓します。

1、アミノ酸の分子不斉とホモキラリティー
 アミノ酸は生体を構成する最も基本的な有機分子であり、地球上だけでなく隕石からも見つかっています。(グリシン以外の)α-アミノ酸は、中心炭素にアミノ基(-NH2)、カルボキシル基(-CO2H)、アルキル基(-R)、水素(-H)が結合しキラリティーを持つことから、L型とそれを鏡に映したD型の鏡像異性体が存在します。地球上の生体は、ほとんどの場合L型アミノ酸を主に使用しています(生体関連化合物のホモキラリティー)。



2、ストレッカーアミノ酸合成反応
 原始地球上でアミノ酸が生成した反応として「ストレッカー合成」が考えられています。この反応では、カルボニル化合物(アルデヒド)とアミンとの反応により生成するイミンにシアン化水素(HCN)が付加することでアミノニトリルが生成します。さらにアミノニトリルが加水分解を受けることによってアミノ酸を与えます。



 原始地球に存在したと考えられる物質(メタン、アンモニア、二酸化炭素、水など)の中で、雷に見立てた放電を行うことにより種々のアミノ酸が生成することを初めて示した「ユーリ・ミラーの実験」との関連が指摘されています。
 このような方法でアミノ酸を合成すると、L型とD型のアミノ酸分子がほぼ等しい量含まれた混合物を与えます。したがって、原始地球でどのようにしてL型アミノ酸のみが生成したのか、そのきっかけや反応経路を探索、解明する研究はとても興味が持たれます。我々は、ストレッカー合成において、アミノ酸の分子不斉が合成中間体「アミノニトリル」に由来する点に着目して研究しています。

3、アミノ酸合成キラル中間体アミノニトリルの自発的な不斉発生と増幅・増殖
 アキラルな3つの化合物を混合してストレッカー反応をおこなうと、自発的に鏡像体過剰率(ee)に偏りを持って中間体アミノニトリルが得られることを見出しました(自発的な動的優先晶出)。キラルな要素を使用することなく、最高96%の光学純度を持ったアミノニトリルを合成することができました。さらには、最初のわずかな不斉の偏り(約0.05%程度)を大幅に向上して光学的にほぼ純粋なアミノニトリル(99.5%以上)を得る不斉増幅を明らかにしました。また、ごく微量のアミノニトリルを種としてストレッカー反応を行うことにより、高エナンチオ選択的な反応晶析を実現しました(不斉増殖)。
 さらに、水を含む混合溶媒中でストレッカー反応をおこなっても、自発的動的優先晶出によってアミノ酸合成のキラル中間体(アミノニトリル)が極めて高い鏡像体過剰率で生成します。水は、前生物的環境下における最も基本的な溶媒と考えられており、そこから不斉源を用いることなくL型ないしはD型に偏った化合物が得られた実験事実は、不斉の起源を考察する上で興味深いです。


4、キラルアミノ酸の不斉自己複製
 ストレッカー反応において、キラルアミノ酸が、自身の合成中間体アミノニトリルを不斉誘導する現象を明らかにし、不斉増幅・増殖とを組み合わせることにより、キラルアミノ酸の自己複製を達成しました。すなわち、L型アミノ酸存在下ストレッカー反応をおこないアミノニトリルを合成し、不斉増幅するとL型アミノニトリルが光学的にほぼ純粋に得られます。一方、D型アミノ酸を用いてストレッカー反応、引き続く不正増幅によってD型アミノニトリルが得られます。L型、D型それぞれのアミノニトリルは、光学純度を損なうことなくアミノ酸へと誘導されます。低い光学純度(10% ee程度)のアミノ酸も不斉源として作用することから、本反応は不斉増幅さらには増殖をも伴うストレッカーアミノ酸合成反応と言えます。
 生体を構成するL型アミノ酸は、生命誕生前の地球上で、このようなプロセスを経て合成されたかもしれません。





4、イミンの分子配向を利用した不斉ストレッカー反応
 ストレッカーアミノ酸合成において、アミノ酸の分子不斉は、中間体アミノニトリルに由来します。では、アミノニトリルの分子不斉はどのようにして誘導されるのでしょうか。我々は、カルボニル化合物とアミンが縮合して生成するアキラル化合物イミンの分子配列が不斉の起源として作用する高エナンチオ選択的ストレッカー反応を明らかにしました。
 イミンは、ストレッカー合成のアキラルな中間体であり、アミノ酸の分子不斉とは直接関連しないと考えられてきましたが、結晶中での分子の規則配列を利用することで、エナンチオ選択的シアン化水素付加反応が進行することを明らかにしました。アキラル中間体イミンと高光学純度のアミノ酸とをストレッカー反応を介して関連付けた最初の例です。



5、アキラル基質のわずかな改変による高立体選択的ストレッカー合成
 ベンズヒドリルアミンはストレッカー反応のアキラル基質(アミン)ですが、エナンチオトピックな2つのフェニル基の一方にメチル基1つ加えるとキラルになります(2-メチルベンズヒドリルアミン)。フェニル基とo-トリル基の違いはわずかであり、ストレッカー反応などの立体選択的反応において高いジアステレオ選択性は期待されません。我々が見出した固体アミノニトリルの著しい不斉増幅を足掛かりとして、立体選択的反応においても固体生成物の顕著なキラリティー改善を実現し、高立体選択的ストレッカー合成を達成しました。芳香族、ヘテロ芳香族および脂肪族アルデヒド(アセトアルデヒド)を用いたストレッカー反応により生成したアミノニトリルが、固体状態でそのキラリティーを顕著に改善・向上して高ジアステレオ選択性を実現しました。




6、同位体置換キラル化合物の高感度不斉認識
 アキラルな化合物であっても、そのエナンチオトピックな置換基の一方を同位体で標識するとキラルとなります。天然には同位体がある割合で含まれることを考慮すると、アキラルと認識されている化合物のほとんどは同位体不斉を有することになります。



 これまでに、このような微小不斉を持つキラル化合物は、エナンチオ選択的反応の不斉源として作用するとは考えられてきませんでしたが、不斉増幅を伴う不斉自己触媒反応(硤合反応:SOAI reaction)を用いることにより、炭素同位体置換キラル化合物であっても、その微小不斉を認識することができます。
 同位体置換キラル化合物を不斉源として、ストレッカー合成によって高い光学純度のアミノ酸を合成することができれば、極めて興味深いです。
 重水素置換によりキラルとなるS-およびR-アミンを不斉合成しました。これらのアミンを用いてストレッカー合成をおこなうと、S-アミンからはL-アミノニトリルが、R-アミンからはD-アミノニトリルが、不斉増幅ののちに高い純度で得られてきました。加水分解するとアミノ酸に変換できますので、水素・重水素同位体不斉と高鏡像体過剰率のアミノ酸とをストレッカー合成によって関連づけることに成功しました。また、水素同位体置換により生じるジアステレオマーに溶解度の違いがあることを定量的に明らかにしました。





7、不斉増幅を伴う不斉自己触媒反応
 不斉自己触媒反応は、キラルな生成物が自己を生成する不斉触媒として作用する反応です。ピリミジン-5-カルバルデヒドへのジイソプロピル亜鉛(i-Pr2Zn)の不斉付加反応において生成物の5-ピリミジルアルカノールが極めて有効な不斉自己触媒として作用することを硤合憲三教授らが初めて見出し報告しました。
 本反応の研究経験に基づいて、新たな不斉自己触媒反応の創出を目指します。



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