海水の多種イオンを考慮した塩害劣化予測モデルの構築

研究の背景と目的

 海水作用を受けるコンクリート構造物が多く存在する日本では,塩害の劣化事例が多数報告されている.例えば,港湾構造物では,維持管理計画を策定するにあたって,コンクリート中への塩化物イオンの侵入を拡散現象として捉えて,鉄筋位置の塩化物イオン濃度が2.0kg/m3となる時期を予測して対策実施時期を設定している.ここで,海水中には鉄筋腐食に寄与すると考えられる塩化物イオン以外にも多種イオンが存在し,例えば,硫酸イオンやマグネシウムイオンは,セメント硬化体中の物質と反応することが報告されている.このような反応は,セメント硬化体中の空隙構造を変化させることや,細孔溶液中の組成を変化させる要因である可能性も考えられ,コンクリート中鉄筋の腐食発生時期や腐食速度を理解するためには,海水中の多種イオンの存在を考慮する必要があると考えられる.
 本研究では,鉄筋腐食に及ぼす影響を実験的に明確にし,コンクリート中への海水浸透モデル構築を目的としている.目的を達成するために,4項目に分類し検討している.項目4)では,海水浸透モデルで取り扱う主要なイオン種を把握することを目的としている.さらに,海水がコンクリートに浸透する際の移動現象を項目2)で検討し,浸透後のセメント水和物との反応を項目1),それに伴う空隙構造の変化を項目3)で検討する.なお,実際は項目1),2),3)が相互に関連し合うため,最終的にはこれらを統合して,コンクリート中への海水浸透モデルを構築する. 1)多種イオンとセメント硬化体の反応
2)塩化物イオン移動(移流,電気泳動,濃度拡散等)
3)海水中の多種イオンとセメント硬化体の反応が空隙構造に及ぼす影響
4)腐食発生条件

1)多種イオンとセメント硬化体の反応

 塩化物イオンがコンクリート構造物に浸透すると,セメント水和物に固定される固定塩化物イオンと,細孔溶液中を自由に移動する自由塩化物イオンに分類される.さらに,固定塩化物イオンは,セメント水和物と反応してFriedel氏塩として固定化される固相塩化物イオンと,セメント水和物に電気的に吸着される吸着塩化物イオンがある.ここで,Friedel氏塩として固定化されている塩化物イオンは,海水中の硫酸イオンや重炭酸イオン,大気中の二酸化炭素と反応し解離することが報告されている.さらに,セメント硬化体に塩化物イオンが浸透する場合,溶液種類がNaClと海水では,反応機構が異なりFridel氏塩の生成量が異なることが報告されている.そこで,本研究では多種イオンが存在する場合の,セメント硬化体の反応機構に関して検討している.
 硫酸イオンの存在が塩化物イオンの固定化性状に及ぼす影響を検討するために,NaCl+Na2SO4溶液とNaCl溶液を用いて実験している.硫酸イオンの存在によって,Fridel氏塩の生成速度に影響を及ぼすこと(論文リスト3)),固相の組成に影響を及ぼすこと(論文リスト2))が分かった.今後,実際の海水環境下での固相の変化を検討し,最終的には液固相変化を把握する.





















論文リスト
 1) 堀圭悟,小林荘太,三田勝也,加藤佳孝:各種結合材や水セメント比がセメント硬化体の塩分固定化に与える影響,土木学会関東支部第40回技術研究発表会講演概要集,V-39,2013.3
 2) 石塚拓海,直町聡子,加藤佳孝:硫酸イオンがセメント硬化体の塩化物の存在形態に与える影響,第43回土木学会関東支部技術研究発表会,V-22,2015.3
 3) 直町聡子,堀圭悟,加藤佳孝,加藤絵万:電気泳動試験を用いた塩化物イオンの固定化性状および硫酸イオンによる変質の実験的検討,コンクリート工学年次論文集,Vol.37,No.1,pp.799-804,2015.7
 4) 堀圭悟,直町聡子,加藤佳孝,加藤絵万:硫酸イオンによるセメント水和物との反応および空隙変化に関する実験的検討,コンクリート工学年次論文集,Vol.37,No.1,pp.517-522,2015.7
 5) 直町聡子,加藤佳孝,石塚拓海,小平薫也:硫酸イオンとセメント水和物の反応がセメント硬化体の塩化物イオンの固定化性状に与える影響の実験的把握,第70回セメント技術大会講演要旨2016,pp236-237,2016.5
 6) 直町聡子,加藤佳孝:硫酸イオンがセメント硬化体中の固相塩化物イオンの生成に与える影響,コンクリート工学年次論文集,Vol.38,No.1,pp951-956,2016.7
 7) 神田晟,直町聡子,加藤佳孝:海水中のイオンの存在がコンクリート中の塩化物イオン固定化性状に及ぼす影響の実験的検討,第44回関東支部技術研究発表会,V-28,2017.3

2)塩化物イオン移動(移流,電気泳動,濃度拡散等)

 海水作用を受けるコンクリート構造物の塩化物イオン浸透は,移流,濃度拡散による移動が考えられる.コンクリート中の塩化物イオン浸透に関する研究は多く存在するが,塩化物イオン単味の濃度勾配による移動を評価している場合が多く,海水中の多種イオンの影響や,乾湿繰返しによるコンクリート中の飽和度変化を考慮した塩化物イオン移動を評価した研究は少ないことが現状である.また,塩化物イオン移動を評価する方法に電位勾配を駆動力とした促進試験である,電気泳動試験が存在する.電位勾配と,濃度勾配のように駆動力の違いが塩化物イオン移動に及ぼす影響を検討した報告も少ないことが現状である.
 移流,濃度拡散,電気泳動試験に着目し,現在得られている結果を下記に示す.

2-1) 移流による塩化物イオンの移動  
 干満部を想定した乾湿繰返し試験の結果(図-1,論文リスト3)),最表層部を除き,塩化物イオンの実測値と推定値が概ね一致したことから,乾湿繰返しでの塩化物イオンの移動は移流が支配的であることが分かった.すなわち,セメント硬化体中の飽和度が,塩水吸水特性に与える影響を定量的に把握することが重要となる.
 初期飽和度を変化させたモルタルの塩水吸水試験の結果(図-2,論文リスト3)),初期飽和度が0%,25%の場合では,表層部は移流以外の要因で塩化物イオン濃度が高くなるが,内部への浸透は移流が支配的であると考えられる.初期飽和度が50%の内部では,飽和度が上昇しても塩化物イオン濃度が増加しない結果となった.これは,飽和度の上昇が水蒸気によることや,液状水が浸透しても塩化物イオンが浸透できなかった等の要因があると考えられるが,詳細については今後検討を進めていく予定である.
 多種イオンが移流に及ぼす影響を検討するために,飽和度0%のモルタル供試体に人工海水,NaCl,蒸留水を吸水された結果を図-3に示す(論文リスト1)).多種イオンが存在することによって,水分浸透距離は短くなり,これに伴い塩化物イオン浸透距離も短くなった.移流に多種イオンの存在が影響を及ぼすことが分かる.






















































論文リスト
 1) 池田伊輝,千葉俊也,加藤佳孝:モルタル供試体の吸水による水分移動予測に関する基礎的研究,第42回土木学会関東支部技術研究発表会,V-17,2014.3
 2) 千葉俊也,加藤佳孝:初期飽和度がモルタル内部の吸水・吸湿による水分移動に及ぼす影響,第14回コンクリート構造物の補修,補強,アップグレードシンポジウム,pp.399-404,2014.10
 3) 千葉俊也,加藤佳孝,池田伊輝:初期飽和度を考慮したモルタル供試体の液状水挙動に関する基礎的研究,コンクリート工学年次論文集,Vol.37,No.1,pp.529-534,2015.7
 4) 池田伊輝,加藤佳孝,千葉俊也:モルタル供試体の吸水による水分移動予測に関する基礎的研究,土木学会70回年次学術講演会講演概要集,pp.935-936,2015.9
 5) 町田直輝,池田伊輝,加藤佳孝:モルタル中の水分移動に伴う塩化物イオンの浸透に関する実験的検討,第43回土木学会関東支部技術研究発表会,V-30,2015.3
 6) 池田伊輝,町田直輝,直町聡子,加藤佳孝:初期飽和度を変化させたモルタル供試体を用いた塩化物イオン浸透に関する実験的検討,コンクリート工学年次論文集,Vol.38,No.1,pp837-842,2016.
 7) 大野皓嗣,池田伊輝,加藤佳孝:乾湿繰り返し環境下での塩化物イオン浸透に関する実験的検討,第44回関東支部技術研究発表会,V-30,2017.3
 8) 直町聡子,加藤佳孝,橋本永手,加藤絵万:桟橋RC上部工の塩害劣化予測の高精度化に向けた各種イオンとpHの影響に関する実験的検討,第42回海洋開発シンポジウム,2017.6

2-2) 海水中の多種イオンが濃度拡散による塩化物イオン浸透に及ぼす影響
 海水中の硫酸イオン,マグネシウムイオン等が塩化物イオン浸透に及ぼす影響を検討するために,NaCl,NaCl+Na2SO4,NaCl+MgSO4,人工海水に浸せき試験した(図-1,論文リスト1),2)).共存イオンによって塩化物イオン浸透性状に影響を及ぼしていることが分かった.表層部に着目するとNaCl溶液より人工海水のほうが,明らかに塩化物イオン濃度が小さい.浸透面から距離14〜21mmに着目すると,NaClでは浸せき期間1100日で5kg/m3程度塩化物イオンが確認できるが,人工海水では表層部でも5kg/m3以下であり,NaCl溶液よりも人工海水のほうが浸透している塩化物イオン濃度が小さいことが分かる.
 今後,多種イオンの存在が塩化物イオン浸透に及ぼす影響の原因を解明するために,セメント硬化体と海水中のイオンの反応,電気的反発,多種イオンによる空隙構造の変化を統合し検討する.








































論文リスト
 1) 小林荘太,半沢修平,三田勝也,加藤佳孝:セメント硬化体中の塩分が物質移動に及ぼす影響の把握,第66回セメント技術大会講演要旨,pp.114-115,2012.6.29
 2) 千葉俊也,三田勝也,加藤佳孝:海水中のイオンがコンクリート中の塩分浸透性に及ぼす影響,土木学会第68回年次学術講演会講演概要集,V-273,2013.9.
 3) 千葉俊也,三田勝也,加藤佳孝:海水中のイオンがコンクリート中の塩分浸透性に及ぼす影響, 第13回コンクリート構造物の補修,補強,アップグレードシンポジウム, pp.57-62,2013.11
 4) Toshiya CHIBA, Katsuya MITA and Yoshitaka Kato, Influence of coexistent ions in seawater on the chloride permeability of concrete, New Technologies for Urban Safety of Mega Cities in Asia, No.34., 2013.10
 5) 千葉俊也,三田勝也,加藤佳孝:海水中のイオンがコンクリート中の塩分浸透性に及ぼす影響,土木学会関東支部第40回技術研究発表会講演概要集,V-44,2013.3
 6) 堀圭悟,加藤佳孝:Mg2+,SO42-がセメント硬化体の塩分浸透性に及ぼす影響の把握,コンクリート工学年次論文集,Vol.36,No.1,pp.994-999,2014.7
 7) 堀圭悟,加藤佳孝:Mg2+,SO42-がコンクリートの塩分浸透性に及ぼす影響,第14回コンクリート構造物の補修,補強,アップグレードシンポジウム,pp.201-206,2014.10
 8) Toshiya Chiba and Yoshitaka Kato, Effect of initial water content in mortar on water and moisture absorption of mortar, 13th International Symposium on New Technologies for Urban Safety of Mega Cities in Asia, 2014.11
 9) Keigo Hori and Yoshitaka Kato, Influence of magnesium ion and sulfate ion on Chloride Permeability of Concrete, 13th International Symposium on New Technologies for Urban Safety of Mega Cities in Asia, 2014.11
 10) Satoko Naomachi, Keigo Hori, Yoshitaka Kato, Influence of Coexisting Ions on Chloride Permeability of Cement composites, International Conference on the Regeneration and Conservation of Concrete Structures(RCCS), 2015.6
 11) Yoshitaka Kato, Keigo Hori, Satoko Naomachi, Chloride permeability of concrete submerged in solutions containing sulfate ions and/or magnesium ions, ConMat'15 (5th International Conference on Construction Materials), 2015.8
 12) Y.Kato, Y.Ikeda, S.Naomachi, E.kato, An experimental study on the influence of initial degree of saturation in mortar on water absorption of mortar with containing choloride ions, IALCCE2016(Fifth International Symposium on Life -Cycle Civil Engineering), pp.1983-1988, 2016.10
 13) S.Naomachi, Y.Kato, Influence of sulfate ion on chloride penetration of cement composites, USMCA2016(New Technology for Urban Safety of Mega Cities in ASIA 2016), 2016.11
 14) 直町聡子,加藤佳孝,江口康平:電気泳動試験を活用した海水中のイオンが空隙構造に与える影響の把握,第71回セメント技術大会講演要旨2017,pp.256-257,2017.5


2-3) 電気泳動試験による塩化物イオン移動評価
 電位勾配と濃度勾配の駆動力の違いが塩化物イオン移動に及ぼす影響を検討するために,電気泳動試験後と,浸せき試験後のモルタル供試体内部の塩化物イオン固定化性状を比較した(論文リスト1)).浸せき試験の方が電気泳動試験よりも固定塩化物イオン濃度が高いことが分かった(図-1参照).
 今後は,電気泳動試験で得られる指標である実効拡散係数の意味に関しても把握する.












論文リスト
 1) 直町聡子,堀圭悟,加藤佳孝,加藤絵万:電気泳動試験を用いた塩化物イオンの固定化性状および硫酸イオンによる変質の実験的検討,コンクリート工学年次論文集,Vol.37,No.1,pp.799-804,2015.7

3)海水中の多種イオンとセメント硬化体の反応が空隙構造に及ぼす影響

 海水中の多種イオンにより,セメント硬化体中の空隙構造が変化していることが考えられ,空隙率,収斂度,屈曲度が変化している可能性とともに,微細な空隙変化が生じた後に大きな変化が生じる等の時間軸上での変化の可能性が考えられる.セメント硬化体の空隙を評価する方法として,質量差法や水銀圧入法が広く用いられているが,これらの方法では,多種イオンとセメント硬化体の反応による空隙構造変化を評価することが困難であると考えられる.そこで本研究では,塩化物イオンの電気泳動試験によって空隙構造の変化を評価している.  海水中の多種イオンによってセメント硬化体の空隙構造が変化していることが考えられるため,硫酸塩に浸せきさせたセメント硬化体に電気泳動試験を適用することで,空隙構造の変化を評価している(論文リスト1)).硫酸イオンに着目しNaCl,NaCl+Na2SO4,NaCl+MgSO4に浸せきさせたセメントペーストを用いて塩化物イオンの電気泳動試験した.電気泳動試験結果より実効拡散係数を算出し,浸せき終了後のセメントペースト中のエトリンガイトの量をXRD/Rietveld法によって定量した結果を比較した(図-5参照).ある一定量のエトリンガイトが存在すると実効拡散係数が大幅に増加することが分かった.
 今後は,海水作用を受けるコンクリート構造物で生じると考えられる各セメント硬化体の変質(溶脱,炭酸化,固定化,硫酸塩による作用)を塩化物イオンの電気泳動試験によって評価する.












論文リスト
 1) 小林荘太,三田勝也,加藤佳孝:セメント硬化体中の塩分が実効拡散係数に与える影響,コンクリート構造物の補修,補強,アップグレード論文報告集第12巻,pp 187-192,2012.11
 2) 直町聡子,堀圭悟,加藤佳孝,加藤絵万:電気泳動試験を用いた硫酸イオンがセメント硬化体の塩化物イオン浸透性に及ぼす影響,第69回セメント技術大会講演要旨2015,pp.252-253,2015.5
 3) Satoko Naomachi, Keigo Hori, Yoshitaka Kato, Influence of Coexisting Ions on Chloride Permeability of Cement composites, International Conference on the Regeneration and Conservation of Concrete Structures(RCCS), 2015.6
 4) 直町聡子,江口康平,加藤佳孝:硫酸塩に浸せきさせたモルタル供試体の電気泳動試験を用いた塩化物イオン移動についての実験的検討,土木学会第71回年次学術講演会,pp1085-1086,2016.9
 5) S.Naomachi, Y.Kato, Influence of sulfate ion on chloride penetration of cement composites, USMCA2016(New Technology for Urban Safety of Mega Cities in ASIA 2016), 2016.11
 6) 黄広雷,直町聡子,加藤佳孝:SO42-とMg2+によるセメント硬化体の空隙変化が塩化物イオン移動性状に与える影響,第44回関東支部技術研究発表会,V-22,2017.3
 7) 直町聡子,加藤佳孝,江口康平:電気泳動試験を活用した海水中のイオンが空隙構造に与える影響の把握,第71回セメント技術大会講演要旨2017,pp.256-257,2017.5
 8) 直町聡子,加藤佳孝,橋本永手,加藤絵万:桟橋RC上部工の塩害劣化予測の高精度化に向けた各種イオンとpHの影響に関する実験的検討,第42回海洋開発シンポジウム,2017.6

4)腐食発生条件に関する研究

 海水中の多種イオンが鉄筋腐食に及ぼす影響を検討するために,人工海水とNaCl溶液を用いて検討した(論文リスト1)).pHが13.1の場合,塩化物イオン濃度が海水よりも高くても腐食せず,pH12.5では人工海水の方が低塩化物イオン濃度でも腐食速度がNaCl溶液と比較して大きいことが分かった.これは,鉄筋腐食に海水中の多種イオンが影響していることが考えられる.
 今後は,細孔溶液中の多種イオンやpHの変化が腐食に及ぼす影響を検討する.























論文リスト
 1) 直町聡子,加藤佳孝,橋本永手,加藤絵万:桟橋RC上部工の塩害劣化予測の高精度化に向けた各種イオンとpHの影響に関する実験的検討,第42回海洋開発シンポジウム,2017.6.