Field of Research (研究分野)
地震における破壊現象の解析及びクラック解析
地震の被害は時に未曾有であり、何らかの手法を用いてその予測理論を構築する事が広く期待されている。
1960年代にはプレートテクトニクスの理論「地震はプレートの相対運動によって生じた弾性歪みエネルギーを
間欠的に解消する過程である」の出現により地震に対する共通認識が確立された。つまり地震現象は地球
表層部に蓄積された弾性歪みエネルギーが不均質な地殻内に存在する力学的弱面(例えばき裂)に沿った
動的せん断破壊によって解放される過程である。現状では観測とそのデータを用いた数値解析による理論的検証が主な研究手段であるが、
き裂に沿って起こる破壊現象を連続体力学に基づき数学的に解析する事を主目的としている。
@ き裂を含む領域における偏微分方程式の解析
研究の第一歩として半無限き裂を含む無限弾性体帯状領域における境界値問題を考察した。
均質等方的弾性体の変位を記述する方程式は、運動量保存則から導かれる平衡方程式に
応力テンソルが歪みテンソルに線形に依存するという構成則(Hookeの法則)、微小歪み状態、
および平面歪み状態を考慮する事で得られる。境界条件は帯状領域の下側では固定つまり変位が零というDirichlet条件、
帯状領域の上側では表面力が働いているというNeumann条件、またき裂上では垂直方向の応力が零というfree traction conditionをそれぞれ課した。
この問題に対して、ポテンシャル論およびFredholmの交代定理を用いて、重みのついたヘルダー空間における解が一意に存在する事を証明した(研究業績[1])。
さらに、プレートの下には流動性の高いアセノスフェアと呼ばれる粘弾性層が存在し、
それを無視しては地震時の弾性的な変形に引き続いて起こる過渡的な地殻変動や
次の地震発生に向けての応力蓄積過程を説明する事はできない。また、現在までにき裂の伝播の様子を
定式化する事には成功していないため、き裂を自由境界として扱う事は困難である。そこで、
固定された半無限き裂を含む無限粘弾性体帯状領域における初期値・境界値問題を考察した。
均質等方的粘弾性体の方程式は弾性体の運動方程式に散逸応力を考慮に入れる事によって導出される。
境界条件は前述と同様に課した。この非定常問題を時間に関するLaplace変換によって
楕円型偏微分方程式系の境界値問題に変形し、Rieszの定理を用いて一意的な弱解の存在を示した。
さらにその弱解がLaplace変換前の初期値・境界値問題での重みの付いたSobolev空間における弱解である事を
Parsevalの等式を用いて証明した(研究業績[3])。
A 破壊現象の数理 (屈折き裂問題 : PDFファイル732K)
破壊現象とはき裂を含む物体に負荷がかけられた時にき裂がどの様に伝播するかという動的現象であるが、
未だき裂進展の様子を記述する方程式は導出されていない。そこで、き裂の伝播する様子の数学的な
解析や物体の破壊現象の数理モデルの確立を目指している。特に平面弾性体中のき裂進展方向を決定する問題においては、
現在までに数学的結果はほとんどなく、工学的には経験に基づき幾つかの規準が提案されているだけで、
代表的な3つの規準として最大エネルギー解放率規準、局所対称規準、最大応力規準がある。
しかし、どの規準が最も実際の破壊現象に適しているかは不明である。そこで、それらの規準が同等なのか、
または相違であるならばそれらの誤差はどの程度かを知る事が肝要である。そのためにはき裂先端におけるエネルギー解放率を計算しなければならず、
初期き裂から仮想的な屈折き裂進展をさせた領域において解を構成する必要がある。この問題については関数論を使って解く事が一般的である。
実際、Muskhelishviliの応力関数を用いて弾性体の平衡方程式を書き換え、等角写像を用いて屈折き裂を単位円に写し、
Cauchyの積分定理によって積分方程式を導出できるが、強い特異性を持っているためにその扱いは困難である。
又、屈折き裂ではき裂先端の応力に強い特異性があり、き裂屈折部分の応力には弱い特異性がある。
よって、き裂先端におけるエネルギー解放率を計算する際には仮想的な屈折き裂の長さを零にする極限をとるため、
この問題には2つの強さの違う特異性が重なるという数学的にも興味深い問題も含まれている。また、
今までき裂進展方向決定問題では無限遠方での一様応力を仮定した研究のみであった。実際には、
その場合の脆性破壊現象のほとんどは不安定現象である。そこで、一旦き裂が進展したものを
止めるためには外力をいかにコントロールするかが重要である。そのためにき裂に一様な応力をかける場合だけでなく一般の外力を課した場合についても考察している。
き裂進展方向の決定問題が解決した後には、き裂を時間発展させたき裂進展経路を予測する事が問題になる。
これは仮想的なき裂進展の長さがどこまで有効なのか、という問題でもある。この問題については、
たとえ前述の3つの規準では初めの進展方向は全て相違であったとしても、さらにき裂を時間的に発展させれば
やがて3つの規準とも同じ経路で進展するのではないかと予想している。
この問題は地震学だけでなく、材料力学や破壊力学などの工学的な応用面、
更に数学等の理論面においても非常に重要な問題である。そして最終的には、
3次元領域、非定常問題、非線形問題、自由境界値問題、重力・熱の影響を考慮した問題等に拡張し、
より現実の地震における破壊現象に近いモデルの解析を行い、地震現象の解析の発展への貢献を目指す。
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