研究内容
■量子ドット集合系における超蛍光発生機構:超短パルスコヒーレント光の発現
複数の2準位系が同一の電磁波モードと相互作用するとき、その2準位系の数に応じて輻射寿命が速くなるという現象が起こります。Dickeの超放射として知られたこの現象は、1980年代から主に原子・分子系で報告されるようになりました。そのメカニズムは、多数の二準位系が全て 励起状態にある完全反転分布であるとき、一つの蛍光がきっかけとなって全ての双極子モーメントが揃い、自発的にマクロな双極子モーメントを形成することでパルス光を放射するというものです。特にこの現象は「超蛍光」として知られるようになりました。 この超蛍光が半導体量子ドット集合系で起こる機構を研究しています。我々はこれまで、CuCl量子ドットを用いて励起子分子状態を二光子共鳴励起することで励起子分子−励起子間に完全反転分布を形成し、超蛍光が発生することを報告してきました。さらに、原子・分子系と比べて、より超高速・超短パルスの超蛍光の発生と量子ドット特有の超蛍光発生メカニズムを探求しています。量子ドットからの超蛍光は超短パルスコヒーレント光源への応用が期待できます。また、自発的なコヒーレンス生成の現象は、凝縮系の光物理として非常に興味深いテーマでもあります。実験は主に、光カーゲート法による発光スペクトル時間分解分光法を用いて、発光の時間変化を捉えています。 |
![]() ![]() CuCl量子ドット集合系における励起子分子発光の超蛍光的パルス発光(FM)の観測 |
■光子を纏った励起子の研究:光シュタルク効果
励起子(電子‐正孔対)は、水素原子様のリュードベリエネルギー準位を持ちます。これまで光学実験においては、主にその最低状態である1s状態が研究の対象になってきましたが、一方で、1s状態から2p状態への遷移などといった励起子内部エネルギー準位間の遷移過程も非常に興味深い現象を引き起こします。我々は、励起子や励起子分子の結合エネルギーが大きいCuClを用いて、励起子や励起子分子の内部準位間の遷移に関する研究を行っています。 現在は、励起子1s-2p準位間の光シュタルク効果に関する研究を行っています。電子系が強い光電場と結合すると、光子を纏ったドレスト状態と呼ばれる新しい状態ができ、エネルギー準位の分裂が観測されます。原子・分子系で主に研究されてきたこの状態を、本研究室では半導体中の励起子(電子-正孔対)に対して実現しました。これにより光を用いて他の光を制御することが可能になります。この中赤外域での新しい光学応答は、赤外光制御技術として重要な役割を果たすと期待されます。 |
![]() 時間発展反射スペクトル測定による 光シュタルク効果の観測 |
■半導体中の電子スピンダイナミクス:キャリアスピン制御
電子は電荷だけでなく磁気的な性質である「スピン」の自由度を持っています。非磁性半導体中では、円偏光によりスピン偏極した電子を生成することができ、また、伝導電子スピンと軌道運動間に働くスピン軌道相互作用を利用すれば、外部磁場なしにスピン状態を操作することが可能です。特に化合物半導体中で働く2つのスピン軌道相互作用を釣り合わせることで達成される永久スピン旋回状態では、スピン緩和が抑制されスピン情報が空間的にロバストになります。我々は半導体中のスピンダイナミクス、特に永久スピン旋回ダイナミクスについて研究しています。 これまでに、光によって励起された電子がそのスピン情報を乱すことなく拡散していく様子をパルスレーザーを用いた時空間測定により直接観測し、スピンの時空間的な緩和ダイナミクスを明らかにしてきました。そして、その時の空間分布を電界で制御することにも成功しています。現在は、永久スピン旋回状態においてバリスティック運動する電子スピンの時間的なコヒーレント振動について調べています。また、構造化照明や軸対称偏光ビームを使ったスピン分布の超解像化にも取り組んでいます。このように電荷とスピンを同時に応用するスピントロニクス分野において、その基礎であるスピンダイナミクスの解明とその制御に挑戦しています。 |
![]() スピン時空間ダイナミクスの直接観測 |
■半磁性半導体中の多励起子高スピン配置:光誘起磁化
半導体に磁性イオンをドープした半磁性半導体は、キャリアと磁性イオンのスピンの相互作用が光学特性に影響を及ぼす物質です。CdMnTeでは、励起子とMnイオンとs,p - d 相互作用を起こした励起子磁気ポーラロンが生成されます。また、Mn濃度の空間的不均一性に起因するポテンシャル揺らぎがあり、そのため励起子が局在化します。この時、物質の発光特性や磁気特性はこの局在励起子磁気ポーラロンが支配するようになります。 我々はこれまでに、CdMnTe中で励起子磁気ポーラロンを高密度励起すると発光強度が非線形に変化するだけでなく、発光ピーク波長がレッドシフトするという結果を報告しており、これは多励起子磁気ポーラロンのハイスピン状態に起因すると説明しています。このように、一般にエネルギー的に不安定な励起子多体系を、閉じ込めのための量子構造を必要とせず試料由来のポテンシャルポケットによって局在させることで、励起子スピンとMnのスピンの相互作用による特異な光学現象を発現させられる点が特徴的で興味深い点です。現在は、時間分解発光スペクトル測定とポンプ‐プローブ分光による光誘起ファラデー回転測定によってキャリアとスピンのダイナミクスを調べています。 |
![]() 局在励起子高密度励起下での 非線形増大発光(HD-EMP) |
■パワーデバイス材料SiCナノ構造の作製と光物性:発光メカニズム
間接遷移型半導体は発光効率が非常に小さく、本来発光デバイスに向いていない材料とされて来ました。しかし、そのような材料(例えばSi)でもナノ構造にすることによって、 発光効率が増大することが報告されています。本研究室では、パワーデバイスの材料となるSiCについて、そのナノ構造における光物性の研究を行っています。 現在は、高強度パルスレーザーを用いてアブレーションにより作製したナノ微粒子の結晶構造と発光特性を調べています。これまでに液中レーザーアブレーションで作製した微粒子には、10nm以下の3C構造を持つナノ微粒子と基板のポリタイプ構造を持つ破片が含まれることを明らかにしました。また、液中だけでなく希ガス中でのレーザーアブレーションも行っており、圧力が生成される微粒子にどのような影響を与えるかを調べています。他にもナノ構造としてSiCナノチューブを取り扱っており、同様にその光学特性を調べています。これらの研究を通して SiCナノ構造の発光メカニズム(量子化準位、表面準位との関連性など)や青色発光デバイスへの応用の可能性を探求しています。 |
![]() レーザーアブレーションによるナノ結晶の作製およびXRDによる構造評価 |
■その他
上記の研究に行うための試料作製も行っています。さらに、光学測定以外にも、構造解析(X線回折・FTIR・ラマン散乱)、ナノ構造形状測定(走査型電子顕微鏡/透過型電子顕微鏡)などを行っています。また、新しい光学実験システムの構築も、本研究室の重要な課題の1つです。 |
研究設備
■広帯域波長可変短パルスレーザー装置
高強度かつ波長可変のパルスレーザーシステムです。様々な物質に対して、高密度励起と共鳴励起を行うことができます。また、ポンプ‐プローブ分光、光カーゲート発光時間分解分光に用いて研究を行っています。
構成は、モードロックTi:Sapphireレーザー(波長800nm, パルス幅約100fs,繰り返し82MHz)からの出力光を再生増幅器を通して増幅します。 この出力光は、波長800nm, パルス幅,約4ps, 繰り返し1kHzとなります。再生増幅器からの出力光を2つに分け、それぞれ、光パラメトリック増幅器のポンプ光とします。光パラメトリック増幅器では、光パラメトリック変換を利用して、赤外域で2つの波長の光(シグナル光とアイドラー光)に変換します。さらに、ポンプ光、シグナル光、アイドラー光を用いて、波長300nm - 10000nmの範囲で連続的に波長可変となります。
本研究室で使用している再生増幅器は、通常よりスペクトル幅が狭い仕様にしており(約8cm-1)、不均一広がりの大きな材料(半導体ナノ微粒子集合系、ポテンシャル揺らぎの大きな混晶系)に対して、その詳細な電子系準位とダイナミクスを明らかにするために有効なシステムです。
![]() |
![]() |
モードロックTi:Sapphireレーザーと再生増幅器 | 光パラメトリック変換を利用した広帯域波長可変システム |
---|
■その他の光源
上述のパルスレーザーの他、発光スペクトルの励起光源として連続波のHe-Cdレーザー(325nm)、DPSSレーザー(355nm、532nm、1064nm)、半導体レーザー(405nm、450nm、642nm、785nm)、He-Neレーザー(633nm)があり、対象材料や試料構造に応じた分光光学系を構築しています。また、励起スペクトル測定の光源として使用している紫外LED(310nm)、キセノンランプや透過率・反射率測定用のタングステンランプなどがあります。
■低振動型クライオスタット
光物性の研究では、その電子状態を明らかにするために試料を低温にして測定を行うことがあります。試料をクライオスタットに取り付け低温に保ち、光学窓を通して光を照射しています。窓には石英のほか、中赤外域の波長に対しても透過率の高いBaF2を用いています。
![]() |
![]() |
![]() |
4方向窓付き冷凍機(〜3K) | 2方向窓付き冷凍機(〜6K) | 液体窒素冷却小型クライオスタット(〜77K) |
---|
■試料作製装置
主に、CuCl単結晶やNaCl単結晶中のCuClナノ微粒子、CdMnTeを作製するための装置です。
![]() |
![]() |
![]() |
上段:横型ブリッジマン法用の炉 中段:気相成長法用の炉 下段:ゾーンメルティング法用の炉 |
真空排気およびArガス封入システム | 縦型ブリッジマン法用の炉 |
---|
■分光光学系
分光器とCCDや光電子増倍管を組み合わせ、発光スペクトル、透過スペクトル測定などに用いています。入力ポートは用途に応じて自由空間入射や光ファイバー入射で使い分けています。
![]() |
![]() |
近紫外用狭帯域分光システム (分光器の焦点距離500mm、検出器はCCD) |
近紫外-可視域用分光システム (分光器の焦点距離300mm、検出器はCCD) |
---|---|
![]() |
![]() |
低ノイズ可視域用分光システム (分光器の焦点距離300mm、検出器は窒素冷却CCD) |
中赤外域用分光システム (分光器の焦点距離150mm、検出器はMCT) |
![]() |
![]() |
近赤外用分光システム (分光器の焦点距離300mm、検出器はInGaAsディテクタ) |
励起発光スペクトル用分光システム (分光器の焦点距離550mm、検出器は窒素冷却CCD) |
■光学測定系
宮島研究室では、光学実験をするシステムのほとんどは自分達で構築しています。光学系をいくつか紹介します。
![]() |
![]() |
光カーゲート法:時間分解発光スペクトル測定の光学系(左:励起光学系、右:発光分光光学系) | |
---|---|
![]() |
![]() |
ポンプ‐プローブ分光:時間空間分解ファラデー/カー回転測定の光学系(左:波長切り出し系、時間空間分解光学系) | |
![]() |
![]() |
ポンプ‐プローブ分光:赤外過渡吸収測定の光学系 | パルスレーザーアブレーション微粒子作製の光学系 |