2005年度 修士論文要旨


生化学データに基づくシステムシミュレータの開発 ー大腸菌二段増殖のシミュレーションー

伊東 聖剛

 現在、プロテオーム・インタラクトーム・メタボローム・トランスクリプトームといった 生命情報を網羅的に得ようとする研究が飛躍的に進展し、膨大な情報が蓄積されてきている。 そこから得られる網羅的な情報を使用した細胞シミュレーションが可能な環境が整い、実験 とコンピュータシミュレーションを融合したシステムバイオロジーという分野が現実味を おびてきた。これにより、生命をシステムとして理解し、網羅的に得られた情報を直感的に 理解できるようになると期待される。

 そこで、本研究では細胞全体の挙動をシミュレーションするためにセルラーシミュレーター の開発を行った。本ソフトは以下の3点を特徴としている。

 @ 細胞における反応プロセスの把握を視覚的に容易にする

 A 生化学的に意味のあるシミュレーターを目指し、可能な限り生化学データを使用する

 B 細胞全体の挙動を予測するため、本ソフト内に様々な反応プロセスを統合する

 今回、Km, kcat, Keqなどのシミュレーションに必要な実験データを文献から収集し、グルコース とラクトースの存在下で生育する大腸菌の遺伝子発現・代謝ネットワークシミュレーションを行っ た。この系には遺伝子発現制御系(ラクトースオペロン、lacI遺伝子、crp遺伝子)と 代謝系(解糖系、ラクトース分解系)、リン酸リレー情報伝達系(phosphotransferase system)が 含まれている。その結果、まずグルコースを利用し、その後ラクトースを利用し、二段階生育 を示すという特徴的な現象(diauxie)を再現することが出来た。また、これまでdiauxieには inducer exclusionとカタボライト抑制が重要であり、カタボライト抑制によるグルコース代謝 時のcAMP生成抑制が重要とされてきた。しかし近年、グルコース代謝時とラクトース代謝時に おけるcAMP濃度には変化がないことが示された。そこでcAMP濃度を一定としてシミュレーション を行ったところdiauxieには影響がなかった。これはinducer exclusionによるラクトースリプ レッサーの活性化がdiauxieの主因であるという実験結果を裏付けている。

 本シミュレーターは生化学データに基づいており、生化学・分子生物学が蓄積する研究データ を統合的に解析する上で有用と考えられる。今後、他の生命現象の局面にも適用できるよう 拡張が期待される。


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