2010年度 修士論文要旨


tRNA特異的リボヌクレアーゼコリシンDによる大腸菌細胞応答の再検討

杉田 梨紗

 コリシンDは大腸菌のColDプラスミドが生産して,他の大腸菌に受容体経由で侵入し, 特定のtRNAを切断して細胞を殺す蛋白質毒素である。コリシンDの標的が生物間で普遍性 の高いtRNAであることに着目し,その活性ドメインを出芽酵母内で誘導的に発現させる と,tRNAArgが切断されて生育が止まる。面白いことにコリシンDは,基質 tRNAの切断感受性がほぼ同等であるにも関わらず,大腸菌に対して殺菌的に,酵母に対 しては静菌的に作用する。また,作用の似たコリシンE5によるtRNA切断を追跡すると, 未切断分子が相当量残っている場合でも死に至る。今までコリシンDが引き起こす大腸菌 の細胞死は,tRNA切断が原因だと唱えられてきた。しかし,前述した結果から私は, tRNA切断が直接殺菌を導くのではなく,tRNA切断からある過程を経て細胞死が引き起こ されることを想定した。そこで本研究では,コリシンDによるtRNA切断と生存数(コロニ ー形成数cfu)の相関を経時的に追跡することにより,細胞死の原因を改めて問うことを 目的とした。

 しかし,コリシンは細胞内に数分子侵入するだけで大腸菌は死ぬが,一旦侵入した 毒素は除いたり希釈したりできないので,コリシンはいつまで働き続けて菌を殺すのか 調べようがなかった。そこで,本研究では,活性ドメインの点変異により温度で活性の ON/OFFが可能な温度感受性(ts)コリシンを作製し,実験に利用した。

 tsコリシンを30℃で大腸菌に与えると,野生型(wt)コリシンと同様に15分以内に細胞 内のほとんどの感受性tRNAが切断される(前述のE5の場合とは状況が異なるかも知れな い)。しかし,約2時間に到るまでcfuは維持されており,42℃へ上げることで大腸菌の 生育が回復した。すなわち,大腸菌はtRNAを失うだけではすぐに死なず,tRNA切断が直接 細胞死を意味しないことが判った。さらに,tmRNA欠損株(ΔssrA)においても同様の実験 を行ったところ,コリシンに対する感受性が若干高まった。これらのことから,コリシ ンの大腸菌に対する殺菌作用は,生死を分ける真の細胞内要因は不明ながら,細胞死に 至るまでの間に,tRNA切断による細胞内障害を回復させる品質管理機構が関わっている 可能性が考えられた。


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