研究テーマ
●胸腺微小環境の形成機構
●T細胞の正の選択・負の選択
●胸腺の退縮のしくみと意義
●ガンマデルタT細胞の生成機構
●免疫細胞の進化的起源
研究内容の詳細
胸腺微小環境の形成機構
胸腺の中では、さまざまなストロマ細胞(“構造細胞”とも呼ばれる)が立体的なメッシュワーク構造をつくり、未熟なT細胞を支えています。ストロマ細胞には、胸腺上皮細胞、線維芽細胞、血管内皮細胞などがあり、それぞれが巧みに連携し、さらに未熟T細胞とも相互作用しながらユニークな微小環境を形成し、T細胞の成熟・選択をなしとげています。私たちはこのような胸腺微小環境の形成と細胞間相互作用のしくみを分子レベルで明らかにしていきます。
T細胞の正の選択・負の選択
胸腺は大まかに外側の皮質と内側の髄質に分けられ、それぞれの領域に特徴的な胸腺上皮細胞 – 皮質上皮細胞(cTEC)と髄質上皮細胞(mTEC) - が存在します。cTECとmTECは自己タンパク質の分解産物であるペプチドをMHC分子にのせて提示します。未熟T細胞は、ランダムな遺伝子再編成によってつくられたT細胞受容体(TCR)でペプチドとMHCを認識し、正の選択・負の選択を受けます。未熟T細胞の生と死を分けるこの劇的な運命決定はどのように制御されているのか? 正の選択・負の選択を引き起こす自己ペプチドはどのようなしくみで作られるのか? さらに、自己と非自己の境目はどのように決まるのか? 私たちはこれらの免疫学の根源的な課題の解明に挑戦しています。
胸腺の退縮のしくみと意義
胸腺は、加齢とともに退縮します。胸腺の退縮は、ヒトでは青年期に始まり、臓器サイズの減少、組織構造の変容や喪失、脂肪化、そしてT細胞生成能の著しい低下をもたらします。このような変化は免疫器官のなかでも胸腺に特有の現象です。また、妊娠時や激しいストレスを受けた時にも、胸腺の一時的な退縮がみられます。加齢に伴う胸腺退縮は胸腺ストロマ細胞の変化が原因であることが示されていますが、退縮のカギとなるストロマ細胞や細胞間相互作用、分子機序はわかっていません。そもそも、なぜ胸腺は退縮する必要があるのかも明らかになっていません。私たちは胸腺退縮のメカニズムと生理的意義の解明をめざし、ストロマ細胞の変化に着目しながら研究を進めています。
γδ(ガンマデルタ)T細胞の生成機構
ここまでで述べてきたT細胞とは、α鎖とβ鎖からなるTCRをもつαβT細胞です(一般的にT細胞といえばαβT細胞です)。胸腺では、もうひとつ別の系統のT細胞が作られます。それがγδT細胞。γ鎖とδ鎖からなるTCRをもつT細胞です。γδT細胞はαβT細胞と異なり、ペプチド/MHCを認識せず、皮膚、呼吸器、消化器などの粘膜組織に多く存在し、感染時の炎症反応や感染細胞の排除に寄与しています。また、がん細胞の排除や、逆にがん細胞を促進する作用、損傷組織の修復など、多様な機能をもつことが注目されています。γδT細胞が胸腺でつくられるしくみについては、未だ多くが謎に包まれています。私たちはγδT細胞の発生のしくみについて、TCRシグナル伝達と胸腺微小環境の2つの観点で研究を進めています。
免疫細胞の進化的起源
免疫系とは、多くの免疫細胞が複雑に連携し、複数の異なるしくみによって病原体を排除する機構の複合体であるといえます。このような複雑なしくみは、生物の進化の過程でより多くの子孫を残すため、それぞれの生態や生息環境にあわせて形づくられてきました。免疫系を進化生物学的にとらえることは、免疫系がどのように成り立っているかを知るための重要なアプローチです。私たちは、T細胞のシグナル伝達経路を主な題材として、重要な遺伝子や細胞のしくみがどのように進化してきたのかを探っています。
進化遺伝学者 テオドシウス・ドブジャンスキー曰く、
「進化的考察のない生物学には何の意味もない。」
免疫の進化を探る研究は生物学の王道といえます。私たちと一緒に、王道を歩いてみませんか。
マウスのゲノム編集
CRISPR/Cas9によってマウスのゲノム編集が得意です。ノックアウト(最大3個の遺伝子を破壊)、ゲノム欠失(最大2Mbを欠損させて11個の遺伝子を破壊)、塩基置換(ヒトSNPの導入など)、Creノックインマウス、floxマウスなどの作製経験あり。興味ある方はご相談ください。
参考文献:
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25770130/
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28783658/
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/29718261/
レトロジェニックマウス!
レトロウイルスベクターを用いてマウスの免疫細胞に目的の遺伝子を発現させる「レトロジェニックマウス」の作製を得意としています。興味ある方はご相談ください。
参考文献:https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31933209/
組織ストロマ細胞の解析
胸腺やリンパ節などの臓器・組織をコラゲナーゼなどの酵素で処理し、ストロマ細胞を分散させて懸濁液にすると、フローサイトメーター解析やシングルセル解析が可能です。私たちは20年ほど前からこの解析法を実践し、技術改良に取り組んできました。興味ある方はご相談ください。
参考文献:https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34096078/