徒然に思うこと

 最近、私の部屋のスタッフ、ポスドクが2人、相次いで留学することになった。一人は間もなく出発であるが、もう一人はもう少し経ってからである。彼らの他にも卒業生のうち10人ほどが留学しているが、日本に戻ってきたのは3人だけで、他はまだ外国に居る。中には留学先で結婚してしまった者もいて、彼らはきっと異郷の地に骨を埋める覚悟なのだろう。このような最近の若い人たちの生き方を見ていると、つくづく我々の社会がグローバル化していることを実感する。

 私がニューヨークに留学したのは30年も前のことであった。その時私は外国に行くのはもちろんのこと、飛行機に乗ることさえ初めてで、非常に緊張していたことを今でも覚えている。それが、現在では留学前に何度か外国を経験し、相手のラボを訪問することは当たり前になっている。また、若い人の英語はうらやましくなるほど上手になっている。海外旅行だけでなく、テレビやインターネットなどを通じ、外国の状況を身近に感じられる様になり、以前に比べると外国に行くことに対する抵抗感が取り除かれ、研究者が世界の研究室の中から自分にあった研究室を気軽に選ぶことが出来る様になったことは、すばらしいことであると思う。

 一方で気がかりなことは、このような状況が続くと日本の大学が空洞化してしまうのではないかということである。必ずしも一般化は出来ないが、優秀な若手が留学を志す傾向があり、しかも以前より留学期間が延びている様に思う。先日免疫学会の時、Flavell先生と話す機会があり、日本に良い若手研究者が少なくなっていると話したところ、「その話は聞いたことがある、中国でも韓国でも同じ問題を抱えている、必要なら私の研究室の良い人を紹介する」、と言われてしまった。私の留学した頃は、日本ではやられていない研究が外国にあり、外国に行かないとそうした研究が出来ないという事情があった。しかし、現在、よほど特殊な領域でない限り、まずこのようなことはあり得ない。また、研究内容や、設備、研究費においても決して外国に引けを取っているとは思わない。なぜ、これほどまでに若い人たちが外国に憧れるのか、scientificには謎である。ただ、外国に対する漠然とした憧れだけが動機であるとすると、大学院卒業後数年間の一番働ける時期に海外の研究機関で奉仕するのは、我が国のサイエンスにとっては何とももったいない気がしてならない。

 もちろん、若い人がグローバルな視点でその分野で一番進んでいる研究室を選ぶことは正しい選択であり、その意味で、我々は世界規模での競争に打ち勝つだけの実力を身につけなければならない。ただ、最近の海外流出ブームは別の要因も絡んでいる様に思える。一つは法人化以来広く取り入れられる様になった、任期制である。これは民間に比べ給料が低い大学の魅力をさらに低くする結果となっている。住宅ローンすら組めないようでは外国に流れても仕方無いのではないだろうか。また、以前なら1?2年なら現職で留学できたものが最近ではすぐに席を空けないといけないとか、奨学金の返還免除がなくなったとか、国内の大学に留まることのメリットがなくなってきていることも事実である。Scientificにはもちろんのこと、待遇面においても日本の大学を魅力的なものにしないと、日本から優秀な人材がどんどん流出してしまうのではないかという危惧を強く感じている。ちなみに私の研究室では現在ポスドク、ないし特任助教を募集しているので、ぜひ応募していただきたい。

(感染現象のマトリクス研究班ニュースレター「徒然に思うこと」、2009年1月4日)