研究内容

木村研究室の研究テーマ

マグネシウムカルベノイドの特異な反応性を活用する有機合成反応の開発

はじめに

 有機化合物は,医薬品,農薬,香料,染料,化成品等として日常的に利用されていますが,これらを合成するには有機反応が欠かせません。木村研究室では,マグネシウムカルベノイドの特異な反応性を活かして有機化合物を効率的かつ高選択的に合成できる革新的な反応の開発に取り組んでいます。また,反応のメカニズムについて計算化学を用いて探究しています。

 最近取り組んでいる具体的な研究テーマは,以下の7つです。

  • 1. マグネシウムカルベノイドの求核的反応
  • 2. マグネシウムカルベノイドの求電子的反応
  • 3. マグネシウムカルベノイドの転位反応
  • 4. p-トリルスルフィニル基を不斉補助基とする不斉合成
  • 5. マグネシウムカルベノイドの反応のメカニズムの解明
  • 6. α-クロロ置換スルホキシドの効率的合成法の開発
  • 7. 1-クロロビニルp-トリルスルホキシドと求核剤の共役付加反応

マグネシウムカルベノイドとは?

カルベンは,価電子数が6で電荷をもたない炭素化学種です。カルベンは,最外殻を8電子で満たそうとより安定な分子に転位したり結合に挿入したりします。一つの炭素原子に金属 (M) と脱離基 (X,通常ハロゲン) が結合した化学種(α-ハロ置換有機金属化合物)は,カルベンと類似した反応性を示すことから「金属カルベノイド」と呼ばれています。Simmons–Smith反応で用いられる亜鉛カルベノイドも金属カルベノイドの仲間です。金属がマグネシウムの場合が,「マグネシウムカルベノイド」です。

マグネシウムカルベノイドの発生方法

 低温下でα位にクロロ基をもつスルホキシドと Grignard 試薬を反応させると,スルホキシド/マグネシウム交換反応が起こりマグネシウムカルベノイドが発生します。マグネシウムカルベノイドの多くは –78 °Cで30分程度安定に存在します。スルホキシド/マグネシウム交換反応は化学選択性が高い反応です。スルホキシドの硫黄上はキラルであるため,それを利用して不斉合成をすることもできます。

マグネシウムカルベノイドの反応性

 マグネシウムカルベノイドの反応性は,カルベンと類似しています。低温下で発生させた後少し温度を上げて放置すると,C–H結合に挿入したり転位したりします(式1–3)。Grignard試薬の仲間でもあるため求電子剤と反応します(式4)が,驚くべきことに求核剤とも反応します(式5)。通常,ビニル炭素上でのSN2反応は起こりにくいですが,マグネシウムアルキリデンカルベノイドと求核剤の求核置換反応は起こります(式6)。

マグネシウムカルベノイドの構造

 Bocheらは,マグネシウムアルキリデンカルベノイドの単結晶X線構造解析に成功しています
(Boche, G.; Harms, K.; Marsch, M.; Müller, A. J. Chem. Soc., Chem. Commun. 1994, 1393 http://pubs.rsc.org/en/Content/ArticleLanding/1994/C3/C39940001393#!divAbstract)。マグネシウムアルキリデンカルベノイドの構造は,典型的な有機分子の構造から逸脱しています。DFT 計算で最適化したマグネシウムアルキリデンアルキリデンカルベノイドの構造と塩化ビニルやビニルマグネシウムクロリドの構造を比較すると,(1) C–Cl 結合が長い,(2) C=C–Mg 結合角が大きい,(3) C=C–Cl 結合角が小さい といった特徴がみられます。マグネシウムアルキリデンカルベノイドは,通常のアルケンとビニリデンの間の構造をとっています。

最近の研究テーマ

1. マグネシウムカルベノイドの求核的反応

 マグネシウムカルベノイドは,Grignard試薬と同様に求核剤としてはたらきます。求電子性官能基を有するα-クロロ置換スルホキシドからマグネシウムカルベノイドを発生させると,分子内の求電子性部位と求核性部位が反応して環状化合物が生成します。

2. マグネシウムカルベノイドの求電子的反応

 マグネシウムカルベノイドは,有機金属化学種であるにもかかわらず求核剤と反応します。求核剤との反応の結果生じる有機マグネシウム中間体を利用すれば,さらなる分子変換も可能です。例えば,有機マグネシウム中間を求電子剤と反応させると,ワンポットでカルベノイド,求核剤,求電子剤の3成分を連結できます。求電子性官能基を有する求核剤を用いるとアニュレーションが起こります。求核性の炭素原子上に脱離基をもつ求核剤を反応させると,求核置換に続いてβ脱離が起こりアルケンが生成します。

3. マグネシウムカルベノイドの転位反応

 マグネシウムカルベノイドは,塩化マグネシウムのα脱離に伴いC–H結合やC–C結合に挿入します。マグネシウムカルベノイドの高い反応性をうまく利用すれば,通常不活性とされている結合を修飾することができます。

4. p-トリルスルフィニル基を不斉補助基とする不斉合成

 光学活性なクロロメチルp-トリルスルホキシドやジクロロメチルp-トリルスルホキシドから合成したα-クロロ置換スルホキシドをカルベノイド前駆体として用いると,種々の化合物を高いエナンチオマー過剰率で合成することができます。

5. マグネシウムカルベノイドの反応のメカニズムの解明

 マグネシウムカルベノイドの不思議な反応性は,有機電子論に基づいた考え方ではなかなかうまく説明できませんが,計算化学を利用するとマグネシウムカルベノイドの反応性を理解するための手がかりを掴むことができます。金属アルキリデンカルベノイドは,典型的なアルケンとビニリデンの間の構造をしており,その部分的なビニリデン性の度合いは,結合している金属や脱離基の種類に応じて変化します。マグネシウムアルキリデンカルベノイドと塩化物イオンの求核置換反応の活性化エネルギーは,塩化ビニルと塩化物イオンの求核置換反応よりも低いです。マグネシウムアルキリデンカルベノイドの特異な構造が,ビニル炭素上での求核置換反応に対して有利にはたらいているようです。シクロプロピルマグネシウムカルベノイドの求核置換反応についても同様の傾向がみられます。マグネシウムカルベノイドの1,3-C–H挿入反応は,C–H結合の結合電子が求核的にカルベノイド炭素を攻撃するSN2型の反応で進行します。

6. α-クロロ置換スルホキシドの効率的合成法の開発

 マグネシウムカルベノイドの前駆体であるα-クロロ置換スルホキシドの効率的な合成法について研究しています。従来1-クロロビニルp-トリルスルホキシドは3工程を経て合成されていましたが,Horner–Wadsworth–Emmons反応を利用することで,この化合物をワンポットで合成できるようになりました。

7. 1-クロロビニルp-トリルスルホキシドと求核剤の共役付加反応

 1-クロロビニルp-トリルスルホキシドとGrignard試薬の反応はスルフィニル基で起こります(スルホキシド/マグネシウム交換反応)が,よりソフトな求核剤を反応させると共役付加が起こります。1-クロロビニルp-トリルスルホキシドとリチウムエステルエノラートの反応は,高いジアステレオ選択性で共役付加物を与えます。また,求核剤を過剰量用いると,スルホキシドに対して2当量の求核剤が連続的に反応することもあります。

卒業研究

 大学で化学を学ぶ醍醐味は,卒業研究にあると言っても過言ではありません。3年生までに培った知識や実験技術を駆使して,未開拓の領域を自分自身の手で切り開いていくのは大変楽しいものです。研究生活では,時には苦労することもありますが,何物にも替えがたい充実感を味わうことができます。そして,研究活動を通じて自分自身を大きく成長させることができます。木村研究室では,有機化学が大好きな卒研生を募集しています。

定期イベント

 報告会(隔月), 論文紹介(毎週 前後期各1回)

主な参加学会

 有機合成化学協会関東支部シンポジウム(5月,11月),CSJ化学フェスタ(10月),香料,テルペンおよび精油化学に関する討論会(11月),反応と合成の進歩シンポジウム(11月),Symposium on Chemical Approaches to Chirality

卒業生の就職先(主に修士卒,前身の佐藤研卒業生も含む)

 アイゼックス・アルファ,ACRONET,味の素製薬,アステラス製薬,出光興産(3),エーザイ,大塚化学,花王(2),カネボウ化粧品,キッセイ薬品工業,キヤノン,キョーリン製薬(3),再春館製薬所,JSR,JT,シミック,昭和電工,住友化学,住友ゴム工業,積水化学工業,曽田香料,大正製薬,武田薬品工業(2),田辺三菱製薬(2),多摩化学工業,DIC(4),デュポン(2),東京インキ,東京化成工業(2),東京CRO,東洋インキSCHD(3),東洋合成工業,日産化学工業,日東電工,日本化薬,日本ゼオン,BASF,日立化成工業,ファイザー製薬,ブリヂストン,ブリストル・マイヤーズ,北興化学工業,三井化学(2),三菱マテリアル,メイテック,ライオン(2),リンテック,和光純薬工業

 ※ 研究室見学希望者は,木村までメールで問い合わせてください。