東京理科大学 理工学部 応用生物科学科 中島研究室
目次
糖質関連酵素
乳酸脱水素酵素とは?
アロステリック効果
なぜLDHの研究をするのか?
D型乳酸脱水素酵素とギ酸脱水素酵素
なぜD-LDH、FDHの研究をするのか?
D型マンデル酸脱水素酵素とは?
なぜD-ManDHの研究をするのか?

糖質関連酵素
糖の役割
砂糖、果糖、オリゴ糖、ブドウ糖、デンプンなど様々な糖類が存在し、 生体内でエネルギー源として利用されます。しかし、糖はエネルギー源としてだけではなく、セルロースやヘミセルロース といった糖鎖は植物細胞壁として存在し、植物が自立できるような物理的な強度を与えています。糖タンパク質では 糖鎖付加によるタンパク質の細胞内への局在の制御が行われ、宿主、病原菌の認識なども細胞表層の糖鎖によるものが 多数あります。このように、糖質、糖鎖の生体内での役割は多岐に渡ります。

糖鎖構造の多様性、複雑さ
糖鎖はDNAやタンパク質と並んで生命現象に重要な3つの鎖状分子の一つとされています。 DNAやタンパク質の場合は2分子の結合の種類はほぼ一つしかありませんが、 糖鎖の場合は結合位置が複数存在するため、グルコース2分子では10種類の結合の仕方があります。 また、糖鎖構造では枝分かれ構造が普通に存在することも糖鎖構造を複雑、多様にしている要因です。 このような多様な糖鎖構造に対応するため、糖鎖の合成と分解に関与する酵素の種類も数多く存在します。

糖質関連酵素
このような糖鎖の合成分解に関与する酵素は現在、主にアミノ酸配列の相同性を基に分類され CAZy(Carbohydrate-Active enZYme) というホームページにデータベース化されています。Cazyのデータベースでは糖質関連酵素は
   ・Glycoside Hydrolases (GHs)
   ・Glycosyl Transfarases (GTs)
   ・Polysaccharide Lyases (PLs)
   ・Carbohydrate Esterases (CEs)
   ・Auxiliary Activities (AAs)
   ・Carbohydrate-Binding Modules (CBMs) (これは酵素ではありませんが)
に分類されており、私が現在扱っているのはGH酵素です。GH酵素は2021年1月時点でファミリー番号は171になっておりますが、まだまだこれから数多くの活性、分類の酵素が自然には眠っていると考えており、新規な活性、分類の酵素の探索に取り組んでいます。

私たちはこのCAZyデータベースの作成にも関わっています。
中島田中先生(2018年度卒、現在同学科助教)阿部さん(2014年度卒)

糖質関連酵素についての旧サイト旧サイト

これまでの主な成果
<1> 新規酵素の発見 "D-galactosyl-β-1,4-L-rhamnose phosphorylase (新規EC番号2.4.1.247取得)"
   論文[JBC] wiki
<2> 新規糖鎖 "D-galactosyl-β-1,4-L-rhamnose"の大量合成
   論文[BBB]
<3> 新規酵素の発見 "1,2-β-oligoglucan phosphorylase (新規EC番号2.4.1.333取得)"
   論文[PLOS ONE]

<1,2>発見に至るまでの経緯
ビフィズス菌はヒト大腸内の善玉菌として知られており、特に新生児ではビフィズス菌が急速に増殖することで他の悪玉菌の増殖を抑え病気を防いでいます。このビフィズス菌を増殖させる因子として重要と考えられているのが、ヒト母乳中に含まれるオリゴ糖でありミルクオリゴ糖と呼ばれています。ヒトミルクオリゴ糖は構造が100種類以上の多岐に渡りますが、他の多くの動物にはほとんど見られない共通の糖鎖構造(ラクト-N-ビオースI, LNB)が豊富にあります。このLNBに作用するホスホリラーゼをビフィズス菌が持っており、この酵素がビフィズス菌のヒト大腸内での増殖の鍵酵素であると考えられました。この酵素は大腸から分泌され大腸表面を覆って保護しているムチンに含まれる糖鎖の主要成分であるガラクト-N-ビオース(GNB)にも作用するためGNB/LNB ホスホリラーゼ(GLNBP)と呼ばれ、大人の大腸内での生育にも重要です。                         

(引用)Appl. Environ. Microbiol. 73, 6444– 6449 (2007) など

しかし、GLNBPのホモログは腸内細菌の悪玉菌やヒト常在性菌にも存在することから、ビフィズス菌由来GLNBPとの性質の相違を調べました。その結果、悪玉菌であるClostridium perfringens由来ホモログはGNBのみに高い活性を示したことから、この酵素はミルクオリゴ糖の代謝に重要でないと考えられます。また、日和見感染菌であるVibrio vulnificusや皮膚常在性菌Propionibacterium acnes由来ホモログの性質がビフィズス菌由来GLNBPと異なることも明らかにしています。                         

   (引用)Appl. Microbiol. Biotechnol. 78, 465-471 (2008)
        Appl. Environ. Microbiol. 74, 6333-6337 (2008)
        Appl. Microbiol. Biotechnol. 83, 109-115 (2009)

                         その後のゲノム解析の進展によりGLNBPのホモログが土壌細菌にも見つかりました。そこで、土壌細菌Clostridium phytofermentans由来ホモログの機能解析を行い、これがGLNBPとは全く活性の異なる”D-galactosyl-β-1,4-L-rhamnose phosphorylase (GalRhaP)”であることを明らかにしました。この酵素の基質であるGalRhaの構造は植物由来糖鎖であるペクチンに存在します。また、この新規酵素を用いてGalRhaの大量合成(約50グラム)にも成功しました。                         

   (引用)J. Biol. Chem. 284, 19220-19227 (2009)
        Biosci. Biotechnol. Biochem. 74, 1652-1655(2010)


<3>研究の概要 探索!合成!解析! 〜ホスホリラーゼを出発点に〜
近年オリゴ糖は腸内環境の改善や免疫賦活活性などの機能が評価されるようになり、オリゴ糖合成法の開発が重要 となっています。オリゴ糖合成法には有機合成法と酵素合成法があります。有機合成法は工程が多い、副産物が生成するなどの 理由からオリゴ糖の実用的な大量合成のほとんどは酵素法により行われています。

糖鎖の合成分解に関与する酵素には以下の3種類があり、
 (1)糖加水分解酵素
 (2)糖質加リン酸分解酵素(ホスホリラーゼ)
 (3)糖ヌクレオチド転移酵素
現在の私の研究テーマは(2)ホスホリラーゼが出発点となっています。

  探索 〜ホスホリラーゼ〜
ホスホリラーゼ(糖質加リン酸分解酵素)は糖鎖と無機リン酸から糖リン酸を生成する酵素です。 この酵素の大きな特徴の一つは反応が可逆的であることであり、反応が実質的に分解方向のみの糖加水分解酵素とは異なります。 そのため、ホスホリラーゼは逆反応によるオリゴ糖合成が容易であり、オリゴ糖合成の有用なツールとして期待されています。 現在はホスホリラーゼの種類が増えつつありますが、糖加水分解酵素と比較するとその数はまだ多いとは言えません。 そこでホスホリラーゼのホモログから新規活性酵素を探索し、 β-1,2-グルコシドに作用する新規ホスホリラーゼを発見しました(PLoS ONE)。

  合成 〜新規酵素を用いたオリゴ糖、多糖合成〜
新規酵素を用いた新規多糖、オリゴ糖の合成を行っています。 有機合成や加水分解酵素の転移反応や逆反応を用いた方法では収率が低いことが多いですが、 ホスホリラーゼを用いると驚くほど高い収率で目的産物を得ることができ、且つ容易にスケールアップが可能です。          

  解析 〜合成した糖鎖を用いて〜
合成したオリゴ糖、多糖を用いてこれらの分解酵素の解析を行っています。 他にはない糖鎖を用い、酵素の新たな機能や構造を明らかにしていきます。          

  再び探索 〜合成した糖鎖を用いて〜
合成したオリゴ糖、多糖を用いて新規分解酵素の探索を行っています。 これまでにCazyに分類されていない新たな酵素、新しいEC番号の付与される酵素の発見、そしてそれらの反応の分子メカニズムの解明を行います。
大きな理想ではありますが、酵素の反応メカニズムを解き明かし、それを元にオリゴ糖を合成できる酵素を創る、さらにはオリゴ糖を酵素によって自在に作ることができるようになることを目指しています。
乳酸脱水素酵素とは?
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乳酸脱水素酵素 ( LDH ) は NAD(H) を用いてピルビン酸と乳酸との間の酸化還元反応を触媒する酵素の総称であり、原核生物から真核生物にいたるまで、幅広く存在して嫌気的解糖や乳酸発酵において重要な役割を果たしている。生成物である乳酸には鏡像異性体が存在するが、LDH はこれらのうちでどちらか一方しか生成しない。そのため、生成物の違いによってL型乳酸脱水素酵素 ( L-LDH : EC 1.1.1.27 )、D型乳酸脱水酵素 ( D-LDH : EC1.1.1.28 ) に大別されている。両者は類似した反応を触媒するため、かつては相同的な酵素であると考えられていたが、本研究室の構造解析および系統解析の結果から、両者は全く異なる酵素であることが明らかになった。前者は L-リンゴ酸脱水素酵素とともに L-2-ヒドロキシ酸脱水素酵素ファミリーを構成しており、1980 年代前半までに、主に脊椎動物の酵素で構造解析や機能解析が盛んに行われ、数多くの知見が得られている。一方、後者は多くの基質特異性が異なる D-2-ヒドロキシ酸脱水素酵素群やギ酸脱水素酵素 ( FDH ) などとともに D-2-ヒドロキシ酸脱水素酵素ファミリーを構成しており、これまでに数多くの知見が得られている。本研究室では L-LDH、 D-LDH 両方の研究を行っている。

図1 L-LDHの触媒反応

アロステリック効果
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アロステリック効果とは何らかの因子が酵素の活性部位以外の部位に結合することで触媒活性が変化する現象のことで、L-LDH にもアロステリック型酵素が細菌に広く分布している。細菌のもつアロステリック型 L-LDH は、一般にピルビン酸等の基質による活性化 ( ホモトロピックな調節 ) と、解糖系の中間代謝産物である Fructose 1,6-bisphosphate ( FBP ) による活性化(ヘテロトロピックな調節)を受けるが、それ以外にも Mn2+イオン等も調節に関わる酵素があり、生物種によってその調節様式に多様性が見られる。
細菌では、近縁株同士の L-LDH であってもアロステリック特性が異なることがある。例えば乳酸菌 Lactobacillus casei 由来の L-LDH ( LCLDH ) はアロステリック型 L-LDH であるのに対して、 L. pentosus 由来の L-LDH ( LPLDH ) は非アロステリック型の L-LDH である。このことは、細菌では L-LDH の調節特性が極めて多岐に分岐進化していること、そしてその調節特性はわずかなアミノ酸置換などの変異によって容易に変化しうるものであることを示唆している。そこで私たちはこの2つの L-LDH に着目し、構造と機能の比較解析を通じてアロステリック特性を規定する要因を特定することにした。

図2 FBPによるL-LDH活性化モデル
本研究室では、アロステリック型の LCLDH で、活性化状態と不活性化状態の2つの立体構造を明らかにした。得られた2つの構造はいずれも FBP などの調節因子を結合していないものであり、このことは LCLDH がこれらの因子と無関係に、活性型と不活性型両者の構造をとれることを示している。すなわち、LCLDH のアロステリック効果は、Monod-Wyman-Changeux が提唱した協奏モデルに基本的に従うと考えられる。また、L-LDH は NAD や基質(類似体)が結合すると、それに伴ってコンホメーションが大きく変化するが、得られた構造はどちらもこれらを結合していないため、2つの構造の比較からアロステリック転移に本質的な構造変化だけが浮き彫りにされた。一方、非アロステリック型である LPLDH の立体構造解析からは、活性中心である Arg171 とその周囲のアミノ酸残基との間に特異的な塩橋ネットワーク ( Arg171-Asp68-Lys235-Glu67-Lys178 ) が形成されていることが示され、このネットワークが LPLDH を常に活性化された状態の構造に固定する役割を担っていることが示唆された。裏を返せば、LCLDH はこの塩橋ネットワークを持たないために、アロステリック調節に必要な構造の柔軟性を持つことができると考えられる。そこで、アミノ酸置換によって LCLDH に塩橋ネットワークを導入したところ、LCLDH は FBP 非存在下でも高活性を発揮できる酵素へと変換された。この結果は、塩橋ネットワークの有無が、LPLDH と LCLDH の調節特性の相違に本質的に関与していることを裏付けるものと言える。しかし、この変異型 LCLDH も、pH が中性付近ではわずかながら FBP 依存性を残していたことから、アロステリック特性を規定する要因はこの塩橋ネットワーク以外にも存在することも示唆された。現在は別の領域にも変異を加えてより完全な非アロステリック型 LCLDH の作製を試みながら解析を進めている。

図3 塩橋ネットワーク

なぜLDHの研究をするのか?
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近年、乳酸が生分解性バイオプラスチックの原料として脚光を浴びつつある。乳酸の合成には、化学的な手法と生物学的な手法と酵素学的な手法が考えられるが、化学的な手法は化石資源に依存するだけでなく、一般に L 型と D 型乳酸が混在したラセミ体を生成する欠点がある。ラセミ体乳酸はプラスチックの合成材料としては好ましくないため、それぞれの鏡像異性体に分離しなければならず、精製にコストがかかる。生物学的な手法は L-LDH または D-LDH の遺伝子を保有する菌や酵母などを用いることで、一方の鏡像異性体乳酸を特異的に合成することができる。しかし、利用している生物を維持するためのコストがかかったり、老廃物など様々な不純物が混ざってしまう欠点がある。酵素学的な手法は生物学的な手法と同様、一方の鏡像異性体乳酸を特異的に合成することができるが、酵素が変性失活しやすいことや、触媒機能にや活性化因子を必要とすることなど、酵素特有の欠点がある。しかし、微生物の LDH の性質は多様であり、それぞれの長所となる性質をうまく組み合わせることができれば、これまでになかった有用な LDH を作り出せる可能性がある。本研究室では、安定で、恒常的に高活性を発揮できるなどの有用な性質をもった LDH を開発し、実用化するための基盤となる改変設計法の確立を目指している。また、将来的には乳酸だけでなく他の生分解性 2-ヒドロキシ酸も有用な材料となることも考えられるので、本研究室では、LDH の基質特異性を改変するための設計基盤の確立も合わせて目指している。
本研究室では、上記の LCLDH と LPLDH だけでなく、腸球菌 Enterococcus faecalis 由来の L-LDH ( EFLDH )、好熱性細菌 Thermus caldophilus 由来の L-LDH ( TCLDH )、海洋性乳酸菌 Marinilactobacillus sp. と Halolactibacillus miuraensis 由来の L-LDH ( MLLDH、HLLDH )、放射線耐性菌 Deinococcus radiodurans 由来の L-LDH ( DRLDH ) を扱っている。これらのL-LDH はそれぞれ実用化する上で長所と短所がある。例えば TCLDH は現在知られている L-LDH の中で最も熱安定性が高く、90 ℃ の熱処理に対しても耐えることができるという長所があるが、最適反応温度が高い上に FBP 要求性が高く、そのままでは利用コストがかかりすぎるという短所がある。このような性質がどのような要因によって規定されているのかが明らかになれば、それらをうまく組み合わせて実用的な L-LDH を開発することができると考えられる。

D型乳酸脱水素酵素とギ酸脱水素酵素
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酸塩基触媒基である His296 の近傍に存在する Glu264 は、その負電荷によってHis296の分極化を促進し、触媒機能を促進する。 Arg235 は基質と水素結合を形成することによって基質結合を安定化するとともに、結合した基質の分極化を促進し、補酵素と基質との間の水素転移を促進する。 Val78 と Gly79 の主鎖のアミド基は基質のカルボキシル基と水素結合を形成し、基質を安定化する。
これらのアミノ酸残基は D-2-ヒドロキシ酸脱水素酵素ファミリーに属する酵素間で保存されていることから、触媒機構は酵素間で共通していると考えられている。しかし、この酵素ファミリーには他の酵素とは大きく異なる反応を触媒する酵素も存在する。例えば、FDH はNAD +を補酵素としてギ酸を二酸化炭素に酸化する反応を触媒する酵素である。この触媒反応は炭素数が1のギ酸を基質とすること、酸化反応に大きく偏っていること、溶媒との間でプロトンの授受を行わない、つまり酸塩基触媒基を必要としないことなど、D-2-ヒドロキシ酸脱水素酵素ファミリーには特異的な性質を有している。

図4 FBPによるL-LDH活性化モデル
本研究室では、Lactobacillus pentosus 由来の D-LDH と、Pseudomonus sp. 101 由来の FDHの立体構造と活性中心モデルを基に、基質特異性や触媒機構を規定する要因を検討してきた。
まず、両者はともに活性部位にループ構造 (活性ループ) を有しているが、主鎖のコンフォメーションとその役割が大きく異なっていることを明らかにした。D-LDH の Val78 と Gly79 の主鎖アミド基は基質結合を安定化する役割を担うのに対して、FDH でこれに相当する Ile122 と Gly123 は主鎖カルボニル基が基質の分極化を促進する役割を担う。これらのアミノ酸残基は、活性部位の反対側で、D-LDH では Asn97 側鎖と FDH では Glu141 側鎖と、それぞれ水素結合を形成していることから、この2つのアミノ酸残基が主鎖コンフォメーションと酵素反応における機能を規定する要因であることを明らかにした。すなわち、D-LDH の Asn97 を Asp に置換した変異型 D-LDH のX線構造解析を行ったところ、活性ループのコンフォメーションが変化していた。そして、この変異に伴い、触媒の最大反応速度はあまり変化しなかったが、基質親和性は大きく低下した。一方、FDH の Glu141 を Asn に置換したところ、D-LDH の場合と逆に、基質親和性は変化せず、最大反応速度が大きく低下した。さらに興味深いことに、変異型 FDH は、顕著なグリオキシル酸還元酵素活性を示した。すなわち、このわずか一残基置換で、FDH が、D-LDH の仲間の2-ヒドロキシ酸脱水素酵素に置換されたことになる。
D-LDH では His296 が酸塩基触媒基として働き、溶媒とプロトンの授受を行っているのに対して、触媒基を必要としないFDH では、これに相当する残基 ( His332 ) は基質との結合に関与している。D-LDH の His296 の近傍には Glu264 が存在するが、FDH ではこれに相当する残基が Gln ( Gln313 ) に置換されている。先に得られた Glu141Asn 変異型の FDH の Gln313 を Glu に置換したところ、FDH の活性がさらに低下したのに対して、グリオキシル酸還元活性はさらに大きく上昇した。すなわち、Glu-Gln間の置換が2-ヒドロキシ酸脱水素酵素と FDH の機能を分岐させる第二の鍵であることが明らかになった。 さらに、D-LDH の基質認識機構を解明するために、立体構造に基づいて、Tyr52 残基を Leu に置換した。置換の結果、ピルビン酸に対する活性は大きく低下したのに対して、フェニルピルビン酸や 2-ケトカプロン酸などの大きな側鎖をもつ 2-ケト酸に対する活性が大きく増大し、野生型D-LDH のピルビン酸に対する活性をしのぐことになった。加えて、この残基を Val、Ala に置換した解析によって、この位置のアミノ酸側鎖のサイズや形状に応じて、2-ケト酸に対する基質特異性が変化することを明らかにした。
D-LDH のファミリーは多様な機能をもつ酵素を含んでいる。現在は、さらにこのファミリーの酵素群を比較検討し、D-LDH と FDH 双方に部位特異的変異を導入し、これらを様々な機能をもつ酵素へと改変する研究を進めている。

図5 D-LDHとFDHの反応スキーマ

なぜD-LDH、FDHの研究をするのか?
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D-LDH は L-LDH と同様、生分解性プラスチックの原料である乳酸の酵素学的合成法への利用が期待されている。また、D-2-ヒドロキシ酸には有用物質が多く、これらを鏡像的に合成することができる D 型ヒドロキシ酸脱水素酵素は産業的な有用性が期待できる。一方、触媒反応に NADH などの補酵素を必要とする酵素を無細胞系で工業的に利用するためには、反応の度に補酵素を補充しなければならず、コストがかさむというデメリットがある。FDH はギ酸を用いて NAD+ を還元すること、その反応が極端に偏っていること、生成物である二酸化炭素は簡単に除去できることなどの理由から、バイオリアクター内での NADH リサイクルシステムとしての利用が期待されている。D-LDH は FDH と同じ酵素ファミリーに属していることから、これら2種の酵素から得られてた知見は、相互にそれぞれをより有用な酵素へと改変するために応用できると考えられる。

D型マンデル酸脱水素酵素とは?
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D 型マンデル酸脱水素酵素 ( D-ManDH ) は NAD(H) を用いてベンゾイル蟻酸とD 型マンデル酸の間の酸化還元反応を触媒する酵素の総称である。D 型マンデル酸は β-ラクタム系抗生物質の側鎖修飾剤として利用されていて、製薬の分野において需要が高い化合物である。しかし、かつてはシアン化水素を用いて化学的に合成しなければならなかったため、近年ではより安全に合成できる酵素学的手法による合成系が模索されるようになった。本研究室では、Enterococcus 属乳酸菌の一株に見いだされた D-ManDH を主な素材として研究を進めている。発見された D-ManDH は D 型マンデル酸に限らず、疎水性側鎖を有する D-2-ヒドロキシ酸に作用することが明らかになった。触媒反応の類似性から、当初は、D-ManDH はD-LDH と同様、D-2-ヒドロキシ酸脱水素酵素ファミリーに属すると予測されたが、本研究室での解析の結果、既知のケトパント酸還元酵素 ( KPR ) とともに、D-LDH とは異なる新規の酵素ファミリーに属していることが明らかになった。これまで、疎水性側鎖をもつ D-2-ヒドロキシ酸に作用する酵素は、D-LDH と同じ既知の酵素ファミリーの D-ヒドロキシイソカプロン酸脱水素酵素 ( D-HicDH ) が知られており、また本研究室では、一アミノ酸残基の置換によって D-LDH と D-HicDH と同様な基質特異性の酵素を作り出すことにも成功している。しかし、これらの酵素は共通して基質の C3 位が直鎖状のものにしか作用することができなかった。これに対して、D-ManDH は C3 位が分岐鎖をもつ基質に対して高い活性を発揮できることができる。この点が従来のD-2-ヒドロキシ酸脱水素酵素ファミリーにはない、D-ManDH の大きな特徴ということができ、今後、D-ManDH はだけでなく、その他の合成系においても利用できる可能性が期待できる。また、微生物のゲノム上にはD-ManDH のホモログが広く分布しており、それらの機能分岐にも興味が持たれる。

図6 D-ManDHの触媒反応

なぜD-ManDHの研究をするのか?
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D-ManDH はD型マンデル酸合成系における利用が期待されているが、基質複合体の立体構造は不明であり、触媒残基や反応機構は明らかになっていない。そこで、まずは基質複合体の立体構造や反応機構を明らかにすることによって、D-ManDH を改良し、実用化することができると考えられる。また、D-ManDH はパントテン酸生合成経路を担っている KPR に対して低い相同性がある。KPR は立体構造や反応機構など、様々な知見が得られている酵素であり、親水性側鎖を有する D-2-ヒドロキシ酸にしか作用しない性質をもつ。KPR において触媒に重要とされているアミノ酸残基の多くは D-ManDH においても保存性が高いことから、KPR で得られている知見をもとに D-ManDH を解析すれば、基質側鎖認識メカニズムの解明や、より基質との反応性が高い D-ManDH の開発ができると考えている。

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