研究課題

1.腸管免疫の恒常性維持におけるC型レクチンやサイトカインの役割

 細菌、ウイルスなどに感染した場合、宿主はこれらの病原体を認識することにより宿主の生体防御システムを発動し、病原体を排除します.C型レクチンはこのような病原体を認識して宿主に防御応答を引き起こさせる分子の一つで、病原体に特有の糖鎖構造を認識する事が知られています。我々は、C型レクチンの一つであるDectin-1が真菌の細胞壁に存在するβグルカンを認識し、一方,Dectin-2はαマンナンを認識して、カンジダやカリニなどの真菌感染防御に重要な役割を果たしている事を明らかにしました(Saijo et al., Nat. Immunol., 2007; Immunity, 2010)。興味深い事に、これらのDectin-1やDectin-2を介したシグナルは優先的にIL-17産生細胞の分化を誘導する事や、IL-17は腸管での細菌感染防御に重要役割を果たしている事、などが分かってきました(Ishigame et al., Immunity, 2009)。
 さらに我々は、C 型レクチンの一つのDectin−1 が腸管で発現しており、これが食物中のβグルカンを認識することにより抗菌蛋白質の発現を誘導し、腸内の特定の乳酸菌(Lactobacillus murinus)の増殖を制御していることを見出した(Tang et al., Cell Host & Microbe, 2015)。L. murinus は腸管の樹状細胞(DC)に作用して強力に制御性T 細胞(Treg)の分化を誘導させることができ、低分子βグルカンを投与してDectin−1 を阻害すると、Tregが増加し、大腸炎を抑制できることを示しました。この時、Dectin-1シグナルによってIL-17Fが誘導され(Kamiya et al., Mucosal Immunol., 2018)、IL−17Fが抗菌ペプチドの産生を誘導することにより、Treg分化を誘導することが知られているClostridium cluster XIVaやL. murimusの増殖を抑制することが分かりました。(Tang et al., Nat. Immunol., 2018)。逆にIL-17Fを阻害すると、これらの菌が増殖し、Tregが増えるために、大腸炎が抑制されました。また、Dectin-1 やDcir などのC 型レクチンが大腸炎や大腸ポリプの発症に関与していることを見出しています。
 βグルカンやαマンナンは病原性の真菌だけではなく,キノコや酵母、海藻などなどにも多く含まれている事から,これらの食物は腸管の免疫の恒常性に大きな影響を与える事が考えられます。そこで、常在微生物や食品成分によるC 型レクチンを介した腸管微生物叢の制御や、これらの微生物による腸管免疫の制御機構を明らかにし、さらに、腸管免疫は炎症性腸疾患の発症や大腸がんなどの発症に深く関与するだけでなく、腎炎や実験的自己免疫性脳脊髄炎(EAE)など、他の臓器の炎症にも関与していることが示唆されていることから、腸管免疫が全身免疫に及ぼす影響や抗腫瘍免疫に及ぼす影響などを解析し、機能性食品や治療薬の開発につなげ、アレルギーの予防や健康増進に役立てたいと考えています。
C型レクチンに関する総説
Tang, C., Makusheva, Y., and Iwakura, Y. Myeloid C-type rectin receptors in skin-mucoepithelial diseases and tumor. J. Leukocygte Biol., (2019 Apr 9).
Yabe, R., Iwakura, Y., and Saijo, S. C-type lectin receptors in host defense against microbial pathogens. In “Glycoscinece: Biology and Medicine”, (ed. N. Taniguchi, T. Endo, E. G. Hart, P. H. Seeberger, C-. H. Wong) (ISBN: 978-4-431-54840-9; DOI 10.1007/978-4-431-54841-6_180), Springer Japan, p. 1319-1329 (2015).
CLR review (English)(PDF)
Saijo, S., and Iwakura, Y. Dectin-1 and Dectin-2 in innate immunity against fungi. Int. Immunol., 23, 467-472 (2011). Drummond, R. A., Saijo, S., Iwakura, Y., and Brown, G. D. The Role of Syk/CARD9 coupled C-type lectins in antifungal immunity. Eur. J. Immunol., 41, 276-281 (2011). An invited review.
βグルカン受容体Dectin-1とその免疫制御における役割、βグルカンの基礎研究と応用・利用の動向(大野尚人編)、シーエムシー出版、9−20 (2018). 岩倉洋一郎
セミナー室「低分子βグルカン摂取により炎症性腸疾患を予防,改善する」、化学と生物、55, 128-134、2017. 唐策、角田茂、岩倉洋一郎

2.糖鎖分子による自然免疫受容体制御を介した免疫・骨代謝異常治療法の開発

 私達はDcir遺伝子の発現が関節炎のモデルマウスで亢進している事を見つけました。DCIRはC型レクチンの一種で,樹状細胞で強く発現しています.興味深い事に、DCIR欠損マウスは加齢に伴い、全身関節の強直を伴う付着部炎や唾液腺炎などの自己免疫疾患を自然発症する事が分かりました(Fujikado et al., Nat. Med., 2008)。このマウスでは抗原提示能を持つ樹状細胞の割合が異常に増加していることから、DCIRは樹状細胞の分化増殖を負に制御しており、欠損マウスでは抗原提示能が過剰になることで自己免疫を発症することが分かりました。また、これらのマウスは免疫系の異常と共に,骨代謝の異常も認められています。したがって、DCIRは免疫系の恒常性のみではなく、骨代謝系の恒常性維持にも重要な役割を果たしているものと考えられ、関節リウマチや骨粗鬆症などの新たな治療標的として注目されます。現在、DCIRのリガンド探索および、抗DCIRリガンド抗体の作製を通じて、生体におけるDCIRの役割やその活性の制御メカニズムについてさらに詳細な解析を行うとともに、他のC型レクチンについても遺伝子欠損マウスを作製してその機能を解析しています。
Kaifu, T., and Iwakura, Y. Dendritic cell immunoreceptor (DCIR): An ITIM-harboring C-type lectin receptor. In “C-Type Lectin Receptor in Immunity”, (ed. Sho Yamasaki) (ISBN: 978-4-431-56013-5, DOI: 10.1007/978-4-431-56015-9_7), Springer Japan, p. 101-113 (2016).

3.関節炎発症におけるCTRP6 の役割の解析

 これまで当研究室ではHTLV-I pXトランスジェニックマウスとIL-1レセプターアンタゴニストノックアウトマウスという2系統の関節リウマチモデルマウスを樹立し、その発症機構の解析を行ってきました(Iwakura et al., Science., 1991, Horai et al., J. Exp. Med., 2000, Fujikadoet al., Arthritis Res. Ther., 2006)。その中で、村山らは関節炎を発症した関節病変部において発現が亢進していたCTRP6 が補体第二経路の活性化を特異的に阻害する補体制御因子であることを示すと共に、組換え体CTRP6 投与により関節炎に対して治療効果を有することを明らかにしました(Murayama et al., Nat Commun., 2015)。現在、リウマチ様の関節炎のみならず、変形性関節炎においてもこのCTRP6が重要な役割を担っていると考え、様々な関節炎モデルにおけるCTRP6の役割について解析中です。

4.自己免疫疾患・アレルギー発症におけるサイトカインの役割

 日本には約70万人の関節リウマチの患者がいます。私達はその発症機構の解明を目指し、発生工学手法により二つの関節リウマチモデルを作製しました。一つはHTLV-Iとよばれる人白血病ウイルスのトランスジェニックマウスであり(Iwakura et al., 1991)、もう一つはIL-1の阻害因子であるIL-1レセプターアンタゴニストのKOマウスです(Horai et al., J. Exp. Med., 2000)。これらのモデルを解析した結果、発症にはIL-1やIL-17などのサイトカインと呼ばれる分子が重要な役割を果たしていることがわかりました (Nakae et al., Immunity, 2002). これらのサイトカインは関節炎以外のアレルギーや感染防御でも重要な役割を果たしていることが分かりつつあります。
 秋津らは、IL-1Ra 欠損マウスの関節炎症局所では、T 細胞のうち自然免疫を担当すると考えられるγδT 細胞という細胞がIL-17 産生のほぼ全てを担っていることを見出しました(Akitsu et al., Nat. Commun., 2015)。この時、γδ T 細胞はIL-1βとIL-23 を作用させるとIL-17 を発現すること、またIL-1Ra はIL-1Rの発現を抑制しており、IL-1Ra 欠損マウスのγδ T 細胞ではIL-1Rが高発現していることが分かりました。さらにIL-1Ra 欠損マウスを用いて関節炎発症メカニズムを検討したところ、活性化CD4+ T 細胞による炎症部位の決定とケモカインの誘導、およびケモカインによるγδT 細胞の局所への遊走とγδ T 細胞からの過剰なIL-17 産生、という2種類の細胞の協調作用によって関節炎が引き起こされることが明らかとなりました。
 現在、これらのサイトカインのファミリー分子やその下流で活性化される分子について、その機能を詳しく調べており、これらの分子の活性を制御することで病気を治療することを目指しています(Iwakura et al., Immunity, 2011)。
γδ T細胞に関する総説
Akitsu, A., and Iwakura, Y. Interleukin 17-producing γδ T (γδ17) cells in inflammatory diseases. Immunology, 155, 418-426 (2018).
関節炎発症におけるサイトカインの役割
関節リウマチモデルマウスとサイトカインKOマウスを用いた研究から、関節炎の発症にはTNFやIL-1、IL-6、IL-17など多くのサイトカインが関与していることが分かりました。その結果、これらのサイトカインを標的とする治療薬が作られ、これまで難しかった治療が大きく前進しました。
IL-17産生性T細胞(Th17)の分化と機能
T細胞にはIFN-γを産生するTh1細胞やIL-4を産生するTh2細胞の他に,IL-17を産生するTh17細胞が存在して自己免疫や感染防御に重要な役割を果たすことが分かってきました。

IL-17と感染防御(PDF):角木
IL-17ファミリーの機能(PDF):秋津
IL-17 family review (English)(PDF):岩倉・石亀
IL-17レビュー:岩倉・石亀
IL-1レビュー:岩倉
慢性関節炎レビュー:岩倉
自己免疫疾患発症機構の解析:西城
関節炎発症におけるIL-1R2の役割の解析(PDF):清水