ヨーロッパの冶金考古学の基礎を勉強してから、刀鍛冶と製鉄遺跡の関連性を研究して20年が経ち、製鉄復元実験(ヨーロッパも日本も)に参加して18年が経ちます。パリ・ソルボンヌ大学で日本の鉄生産と刀鍛冶の考古学をテーマにした博士号を取った後、広島大学で考古学専攻の博士課程後期に入学し、単位取得で退学しました。その間、2009年から唯一現存する日刀保たたら製錬所の木原明所長兼村下(むらげ たたら職人頭)の指導を受け、2010年初めて広島大学で製鉄実験を担当しました。その後、ほぼ毎年(年に2~3回)たたら製鉄操業に参加し、これまで27回の製鉄実験・操業をした経験があります。
2022年に東京理科大学に着任してから、古代・中世日本における鉄生産を復元するために製鉄炉の炉材に注目し、炉壁の混和材として用いられた植物性の繊維に焦点を当て、遺物の研究したところ、江戸時代初頭以降の製鉄炉では繊維が利用されなくなったことが分かりました。この繊維の存在とその後の消失は、これまで詳細な研究の対象とされたことはなかったため、繊維の研究を通して、製鉄技術において繊維が果たしたであろう役割とその重要性を明らかにし、近代的なたたら製鉄法において繊維が消失した理由をより深く理解したいと考えています。研究の第一歩として、使用された繊維の種類を同定するデータベースを作成し、炉壁片の物理化学的分析との相関関係を調べました。これらのデータを、現代のたたらや、日本の伝統的な左官職人が用いた繊維の混合法と相互に参照し、古代製鉄炉の復元の仮説を立てました。そこで、製鉄実験を行い、仮説を検証し、繊維が果たしたであろう役割と、それらが消失した理由についての仮説を検証するつもりです。
そして、野田キャンパスにごく近い流山東深井では、1982年に奈良時代の製鉄遺跡が発掘されました。このことは近隣でもあまり知られていないそうですので、私は流山市東深井で出土した炉を復元し、野田・流山の地域の歴史に注目させるきっかけとしたいと思います。
そのため、2024年11月に東京理科大学野田キャンパスで地域連携室の協力を得て古代製鉄炉2基の公開実験(第一番)を行いました。
1号炉は日本最古級6世紀後半(古墳時代)の中国地方の製鉄炉、2号炉は8世紀(奈良時代)の流山市東深井中ノ坪第Ⅱ遺跡の製鉄炉の復元(2分の1のサイズ)でした。NHK千葉から取材を受け、NHK『首都圏ネットワーク』で紹介されました。
2025年3月1日に東京理科大学野田キャンパスで製鉄実験の報告会を開催しました。また、4月29日に東深井中ノ坪第Ⅱ遺跡の製鉄炉の遺構と遺物が保存されている流山市立博物館の友の会の総会で実験と古代製鉄について発表も行いました。
これから今回の製鉄実験で集めたデータをこれから分析し、遺物と比較し、新たな製鉄実験に活かし、改善する予定です。
さらに今後も日本における鉄生産の技術的発展についての理解を深めながら、原料の管理を通じて、製鉄炉の建設が当時の社会に与えた影響の解明につなげたいと思います。
主な筆頭著者論文として「17世紀以前の中国地方の製鉄遺跡における炉壁混合物中のスサの利用と消失の研究について」(たたら研究 第61号)、「フランス・スイスにおける鉄の冶金考古学-原史・古代ガリアの鉄・鉄器生産の研究―」(たたら研究 第54号)、『製鉄実験の記録』(古瀬清秀、横山瑛一、津田真琴、今津和也と共著)、「中世の中国地方における製鉄技術について」(帝釈峡遺跡群発掘調査室年報 XXVII 考古学研究室紀要 第5号)があります。
ミシェル田中 グザヴィエ
(野田キャンパス教養部 嘱託助教)



