研究成果 注目の論文

環境記憶統合 “注目の論文” No. 10 植物が水分欠乏時に不要なmRNAの分解を促進する機構の発見

  • 論文名
    ABA-unresponsive SnRK2 protein kinases regulate mRNA decay under osmotic stress in plants
    著者名(下線は環境記憶統合メンバー)
    #Fumiyuki Soma, #Junro Mogami, Takuya Yoshida, Midori Abekura, Fuminori Takahashi, Satoshi Kidokoro, Junya Mizoi, Kazuo Shinozaki, and *Kazuko Yamaguchi-Shinozaki
    #These authors contributed equally to this work.
    雑誌名等
    Nature Plants, 3, 16204 (2017), doi:10.1038/nplants.2016.204
    http://www.nature.com/articles/nplants2016204
    解説

    植物は刻々と変化する生育環境に適応して成長するため、様々な遺伝子の発現を絶えず調節しています。干ばつや塩害等による水分欠乏ストレスにさらされた植物では、植物ホルモンであるアブシシン酸(ABA)が蓄積し、ストレス耐性能を付与する遺伝子群の転写が誘導されます。これまでに、ABAによって活性化するサブクラスIII SnRK2タンパク質キナーゼとその下流で機能するAREB転写因子がABAを介した転写誘導において重要な役割を果たすことが明らかにされています。SnRK2タンパク質キナーゼは高等植物では複数種存在しており、それぞれのSnRK2ファミリーが異なる機能を有していると考えられています。進化的に高等な種子植物では、水分欠乏ストレス時にABAを介さずに活性化するサブクラスI SnRK2タンパク質キナーゼが見出されていますが、それらがどのような分子的・生理的機能を果たしているのかは不明なままでした。

    今回、我々の研究グループは、共免疫沈降法と質量分析計を組み合わせた手法により、サブクラスI SnRK2タンパク質キナーゼの相互作用因子の同定を試みました。その結果、mRNAの5’キャップ構造の除去に関与するmRNA脱キャップ複合体の構成因子であるVARICOSE (VCS)がサブクラスI SnRK2の新規な相互作用因子として同定されました。VCSはmRNAの脱キャップおよびmRNA分解を制御しており、水分欠乏ストレス時に複数箇所でリン酸化修飾を受けることが明らかにされています。しかし、VCSのリン酸化を制御するタンパク質キナーゼおよびそのリン酸化の生理的な意義は不明なままでした。我々の研究グループは、サブクラスI SnRK2が水分欠乏ストレスに応答してVCSをリン酸化する主要なタンパク質キナーゼであることを見出しました。この結果から、サブクラスI SnRK2は水分欠乏ストレス時にVCSのリン酸化を介して何らかの分子的・生理的応答を制御していることが考えられました。

    次に、サブクラスI SnRK2が水分欠乏ストレス時にVCSのリン酸化を介してmRNA分解を制御し、mRNA蓄積量を調節している可能性を検討しました。まず、サブクラスI SnRK2遺伝子を欠損したsrk2abgh変異体とVCSの発現量を低下させたVCSノックダウン植物体を用いてトランスクリプトーム解析をおこないました。すると、srk2abgh変異体およびVCSノックダウン植物体において、水分欠乏ストレス時に発現量が減少する遺伝子群が野生型株と比較して高レベルで発現していることがわかりました。そこで、srk2abgh変異体およびVCSノックダウン植物体においてmRNA分解がどのように影響を受けているのかを解析しました。その結果、これらの植物体では、水分欠乏ストレス時に発現量が減少する遺伝子群のmRNAの分解が阻害されていることが見出されました。以上より、水分欠乏ストレス時にサブクラスI SnRK2がVCSのリン酸化を介して不要なmRNAの分解を活性化していることが明らかになりました。さらに、srk2abgh変異体およびVCSノックダウン植物体はストレスのない正常な状態で生育させると野生株と同様に生育するのに対して、水分欠乏環境下で生育させると野生型株よりも顕著な生育阻害を示しました(図1)。

    以上より、ABA活性化型のサブクラスIII SnRK2はストレスによる転写誘導を活性化するのに対して、サブクラスI SnRK2はVCSのリン酸化を介して、水分欠乏ストレス時に不要なmRNAの分解を活性化することで植物の成長を促進することが明らかになりました(図2)。

    サブクラスI SnRK2およびVCSは種子植物で高度に保存されていることから、本研究で明らかとなった サブクラスI SnRK2とその下流で働くVCSを介したmRNAの分解調節機構は、イネやダイズといった作物でも保存されていると考えられます。そのため、サブクラスI SnRK2やVCSをターゲットにした分子育種やこれらの活性を調節する薬剤の開発等により、干ばつ等による水分欠乏ストレス時の成長や収量を向上させた作物の開発への応用が期待されます。