研究成果 注目の論文

環境記憶統合 “注目の論文” No. 20 水欠乏の情報を根から地上部に伝える、移動性のペプチドを発見

  • 論文名
    A small peptide modulates stomatal control via abscisic acid in long-distance signalling
    著者名(下線は環境記憶統合メンバー)
    *Fuminori Takahashi, Takehiro Suzuki, Yuriko Osakabe, Shigeyuki Betsuyaku, Yuki Kondo, Naoshi Dohmae, Hiroo Fukuda, Kazuko Yamaguchi-Shinozaki, and *Kazuo Shinozaki
    雑誌名等
    Nature, 556, 235-238 (2018), doi: 10.1038/s41586-018-0009-2
    https://www.nature.com/articles/s41586-018-0009-2
    解説

    植物の乾燥ストレス応答における重要な因子として、植物ホルモンの一つであるアブシジン酸(ABA)が広く知られています。ABAは乾燥ストレスを感じた植物の葉で合成され、葉の気孔の閉鎖を促し、植物体内から水分が失われるのを防ぎます。また、ABAは乾燥ストレス耐性に関わる遺伝子群の発現制御も担っています。しかし、植物が土壌水分の減少による乾燥ストレスを根で感受した後、葉でABA合成が促されるまでのメカニズムについては、ほとんど解明されていませんでした。

    我々の共同研究グループはまず、モデル植物のシロイヌナズナ由来のT87培養細胞に乾燥ストレスを模倣する浸透圧ストレス処理をしました。その後、培養液に放出されるペプチドを高分解能質量分析計を用いて探索しました。その結果、シロイヌナズナの内因性ペプチド群の一つであるCLEペプチドファミリーに属する「CLE25ペプチド」を同定することに成功しました。次に、人工的に合成したCLE25ペプチドをシロイヌナズナに根から吸収させたところ、CLE25ペプチドは葉に移動し、ABAの合成において主要な役割を果たす酵素NCED3遺伝子の発現を著しく上昇させました。それに伴い、ABAが葉で蓄積し、気孔の閉鎖を引き起こすことを明らかにしました(図1)。

    図1."

    図1 CLE25ペプチドをシロイヌナズナの根から吸収させた実験
    a:CLE25ペプチドを、根から3時間吸収させると、ABA合成酵素NCED3遺伝子の発現が葉で上昇する。
       MOCKはコントロール溶媒処理。
    b:NCED3の発現上昇(a)に伴い、ABAが葉で蓄積する。
    c:CLE25ペプチド処理によって引き起こされた葉での気孔閉鎖の観察。

    次に、ゲノム編集技術であるCRISPR/Cas9法を用いて、CLE25ペプチドの発現を失わせた欠損変異体(cle25変異体)を作製し、乾燥ストレスに対する応答を調べました。その結果、cle25変異体では乾燥ストレス条件でNCED3遺伝子の発現が上がらず、ABAが蓄積しないため、乾燥ストレスに弱くなることを明らかにしました。さらに、葉でCLE25ペプチドを受容する二つの受容体BAM1とBAM3を同定しました。BAM1とBAM3受容体は、乾燥ストレスに伴って根から放出され葉に移動したCLE25ペプチドを受容し、その情報を葉の維管束細胞内に伝える機能を持ちます。これが、葉でのABA合成を開始させる引き金となることを明らかにしました(図2)。

    図2."

    図2 離れた組織間での情報伝達を担うCLE25ペプチド-BAM受容体
    CLE25ペプチド(赤)は乾燥ストレスに伴って、根から放出され葉に移動する。BAM1とBAM3受容体(青)は、葉でCLE25ペプチドを受容する。その後、シグナルが細胞内に伝わり、酵素NCED3遺伝子の発現、ABAの蓄積が起こり、最終的に気孔が閉じる。

    これらの研究結果は、体内組織間の情報伝達を担う神経を持たない植物が、移動性のペプチドを使って、根と葉という離れた組織間で情報のやりとりを行い、乾燥ストレスに応答していることを証明するものです。特に、CLE25ペプチドは乾燥ストレス依存的に細胞外に放出されることから、CLE25-BAM受容体は、外部の環境ストレスを統合的に感知する機構の一部であると考えられ、植物が持つ乾燥ストレス応答を理解する上で、重要なメカニズムであることを示しています。

    今後、ペプチドによる乾燥ストレス応答の分子機構をさらに詳しく解明し、得られた知見を応用することで、乾燥をはじめとする環境ストレスに強い作物の作出や、機能性肥料の開発など植物の生育環境への植物ペプチドの応用につながると期待できます。