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東京理科大学理学部第一部教養学科 中丸研究室

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編集後記 中丸禎子

送られてきた苗は、少しちっぽけだが、どんどん大きくなるだろう―表紙の話
      
 『高畑勲をよむ』の表紙絵には、チェコの画家ヨセフ・チャペックの挿絵を使用した。作家カレル・チャペック(「ロボット」という言葉の創始者として知られる)の兄で、しばしばカレルの本の挿絵を描いている。『園芸家の一年』(平凡社ライブラリー、飯島周訳)もその一冊だ。三人が頭を寄せあう絵は「園芸家の五月」の章、郵便で苗を買うというくだりの挿絵で、「送られてきた苗は、少しちっぽけだが、どんどん大きくなるだろう」という文章に添えられている。

 この絵に出会ったのは偶然だった。わたしは当初、別の画家の全く違うタイプの絵を考えていたが、著作権の関係で難しいかもしれない、ということになり、急遽、別の候補を探すことになった。編集会議の前日、母がチャペックの挿絵を何枚か送ってきた。本の表紙の候補ではなく刺繍の図案という趣旨だったが、ピン!ときたので、直ちにチャペック兄弟の作品を買えるだけKindleで購入し、編集会議にかけた。各種作業も終盤に近づいた二月のことだ。空気は冷たいが春めいた陽が差し込む中、ちょうど挿絵の三人のように頭を寄せ合って挿絵を選んだ。自分で見たときは、種をまく絵がよいと思ったが、Kindle版をスクリーンに映してめくっていくと、加藤さんと兼岡さんがそろって「これがいい」と言ったのが表紙の絵で、仮作りの表紙にはめ込んでみると確かに別候補よりも収まりがよい。「この三人は『ハイジ』を作った時の高畑さん、宮崎さん、小田部さんにも見えるし、今回話を聞かせてくれた高畑さん、小田部さん、中島さんの三人にも見える。わたしたち編者は四人だが、こんな風に頭を寄せ合って本を育ててきた過程も思い出せる。」「小さな苗がどんどん大きくなるだろう、という言葉もいい。」編集者の吉田さんも、チャペックを気に入ってくれた。

 著作権交渉中の別の画家は、「本を出すことがあったら、表紙にしたい」と思い続けてきた画家である。未練はあったが、取り下げることにした。チャペックの挿絵は、考えれば考えるほどこの本の表紙にぴったりだったからだ。「園芸」というテーマは、『平成狸合戦ぽんぽこ』でタヌキたちが守ろうとした自然や、『かぐや姫の物語』で「鳥、虫、けもの、草、木、花」という言葉で示された小さきものたちを連想させる。チェコという地域も高畑さんについての本にあっているような気がした。『おもひでぽろぽろ』では、トシオがカーステレオでハンガリーの音楽を流すが、ヨセフ・チャペックが生まれたボヘミア王国は当時、オーストリア=ハンガリー二重帝国の一部だった。
 このチャペックの経歴はしかし、わたしにこの絵の使用をためらわせる要因でもあった。欧州では、著作権は著作者の没後七〇年で消滅する。ヨセフ・チャペックは、一九四五年に没し、すでに著作権が切れているので候補に挙げたのだが、死因はベルゲン・ベルゼン強制収容所での殺害だ。そのようなことがなければ、チャペックはもっとたくさん絵を描いて長生きし、著作権はまだ持続していたかもしれない。ドイツ文学者であるわたしに、ドイツに殺された画家の絵を使う資格はあるだろうか。しかし同時に、この本を手に取る人文学研究者や、高畑さんのファンたちが、ヨセフ・チャペックを知ることには意味があると思った。表紙の絵を選定するときに誰かが言った「読み終わって表紙の絵をもう一度見ると、読み始める前とは別の意味を見出せるかもしれない」という言葉が耳に残っていた。高畑さんは日本の古典や西洋の児童文学を原作とするアニメを制作することで、古い作品を現代の文脈に置き直し、新たな生命を与えた。顰に倣うのはあまりにおこがましいが、ただ人目を惹くためだけに利用するのではなく、「高畑勲をよむ」という文脈に置き直し、新たな意味を付与するなら、ドイツ文学者のわたしがチャペックを使っても許されるかもしれない。 何より、編者も、編集者も、チャペックを気に入ったことが決定打だった。みんなで作った本なので、わたしが満足するだけでなく、みんなが好きな表紙にしたい。『園芸家の一年』刊行元の平凡社に問い合わせると、いつも迅速で丁寧な対応をしていただき、高画質の画像をご提供いただいた。

 白黒の原画に、どうやって色を付けよう。あまり色を増やすと学術書らしくなくなるし、細かい色を指定しておしゃれに仕上げる技術やアイディアはわたしにはない。人物はそのままで背景に色を付けてみたらどうだろう。シャーロット・ゾロトウの絵本『にいさんといもうと』のように黄色と青がいいかもしれない。黄色と青は「スウェーデン・カラー」でもあるし(ちゃっかり)、本書にも登場するゲーテが『色彩論』で「光に最も近い」「闇に最も近い」とした色でもある。編集者の吉田さんは、この表紙に適したフォントを購入し、わたしがペイントで作ったサンプルをもとに、周りが筆のようなタッチになった少し大きさの違う丸で囲って、きれいな表紙を作ってくれた。裏表紙には、太陽が花のように咲いている絵を選定してくれた。表表紙と裏表紙を合わせると、まるで『おもひでぽろぽろ』エンディングテーマの「種子は春 お日さまの愛で 花開く」ではないか(ベット・ミトラーの英語曲「The Rose」を踏まえた高畑さんの作詞)。細かい仕上げは美術学校を出た義妹が手伝ってくれた。帽子だけ塗りたいんだけど何色がいいと思う?と質問すると、帽子の色の組み合わせだけでなく、文字の間隔や大きさ、帯の色の明るさ、帯の字の色、そのためのソフトの設定方法まで、時間をかけて丁寧に教えてくれた。

 表紙の制作過程を長々と書いたのは、ああでもない、こうでもないと知恵を絞り、ことあるごとに助けを求め、応じてくださった多くの人の惜しみない協力を得て真剣に楽しく作ったこの表紙が、書籍全体の制作過程を象徴的に表しているからだ。表紙一枚とってもこの騒ぎであることから、書籍全体でどれほどたくさんの人を巻き込んだか、想像していただけると思う。編著者や謝辞に名前を記載した人たちはもちろんのこと、Facebookでの意見募集に答えてくれた人たち、進捗状況を気にしてくれた人たち、応援してくれた人たち、たくさんの人たちに助けてもらって、この本は完成した。わたしよりもはるかに知名度や実力がある人たちや、わたしにはない知識や技能や経験を持った人たちだ。一緒に仕事をすることでわたしが学んだのは、言葉にしてしまうとありきたりだが、今ある条件の中で最善を尽くすこと、筋を通すと同時に意地を通すこと、善意と敬意と矜持をもって人に接することである。

 表紙の話を通じてわたしの本書への思いの一端を述べたが、書籍の価値は読者が決めるものだ。わたしの思い入れはその評価とは関係ないし、関係あるべきではない。だから、世に出たばかりのこの本が「良い本」かどうか、わたしには分からない。ただ、わたしは明言できる。たくさんの人に助けてもらい、かわいがって育ててもらい、愛され、待ち望まれて出てきたこの本が、わたしは大好きである。

▲表紙絵の選定用サンプル

▲色付けサンプル

▲帽子の色、帯の色、図像の位置、フォントのサンプル