領域内容

領域代表挨拶

"Pour new wine into new wineskins(新しいワインは新しい革袋に)"

研究領域代表者
田村 隆治
東京理科大学 先進工学部・教授

「新しいワインは新しい革袋に」という諺があります。新たな概念には、それにふさわしい新たな枠組み(パラダイム)が必要です。

1984年にアルミニウム-マンガン合金で発見された準結晶は、今では100を超える合金系で見いだされ、さらに、高分子、コロイド、メソ多孔体シリカなど、合金を超えた多様な系でも存在することが明らかになりつつあります。この新しい秩序形態の発見に対して2011年、ノーベル化学賞が贈られたことはいまだ記憶に新しく、今や、「準結晶」は「結晶」と並ぶ物質界の普遍的な秩序形態の一つであることが確立するに至っています。最初に見つかった3次元準結晶を例に挙げると、周期性とは相容れない、周期結晶では不可能な、正20面体対称性という極めて高い対称性を有しています。準結晶の発見は、人類が数百年にわたり慣れ親しんできた結晶の定義を根底からくつがえすとともに、結晶学にパラダイムシフトを引き起こしました。

準結晶は実空間では周期を持ちませんが、高次元周期結晶の断面構造として理解できます。従って、準結晶の構造を記述するには「補空間」とよばれる別の余分な空間が必要となります。このとき、高次元周期結晶の切断の仕方によって、準結晶が得られたり、準結晶を周期近似した近似結晶が得られたりします。この準結晶や近似結晶など、補空間を含む高次元空間において統一的に記述される物質群を「高次元空間(ハイパースペース)のマテリアル」、「ハイパーマテリアル (Hypermaterials)」と命名し、既存の物質概念の一段上を行く新たな物質概念を提唱するとともに、異分野との積極的な学融合によりハイパーマテリアルを取り込む新たな学理を創出することを本学術領域の目的としています。

このような新しい学理の創出にあたっては、結晶学、物性物理学、無機・有機化学、材料工学、データ科学、数学などの広範な研究者が協力し合って研究を進めていくことがとりわけ重要になります。
特に、挑戦的なアイデアを持った若い研究者の皆さんに是非この領域に加わっていただきたいと思います。

計画研究

A01:ハイパーマテリアルの合成
研究代表者 田村 隆治(東京理科大学 先進工学部・教授)
詳細

A01班は、本学術領域内にあっては、新規ハイパーマテリアルの合成を担当します。金属はもちろんのこと、金属の枠を超えた様々な材料分野にわたってハイパーマテリアルを探索し、人類が対象とする物質の枠を大きく拡げることを目的としています。対象とする物質群は図1に示すように、金属・半導体・セラミックス・ポリマーハイパーマテリアルと多岐にわたり、磁性・半導体・超伝導・酸化物ハイパーマテリアルなど、これまで無かった物質群の創製に挑戦します。従って、特に、セラミックスやポリマー分野からの挑戦的なアイデアを歓迎します。

新規ハイパーマテリアルの創製にあたっては、従来の設計指針に加えて、A03班の機械学習にもとに絞り込まれたハイパーマテリアル候補組成を参考にしてすすめていきます。合成したハイパーマテリアルの構造解析をA02班が、物性測定をA04班が引き継ぎ、領域内で有機的な連携を図りながら、構造と物性の双方を次々に明らかにしていきます。さらに、A04班と協働して高次元構造と物性の関係を追究することにより、隠れた法則性を明らかにし、本学術領域の目的である補空間における学理構築を目指します。

図1.本学術領域における物質開発の枠組み
A02:ハイパーマテリアルの構造
研究代表者 高倉 洋礼(北海道大学 大学院工学研究院・准教授)
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高次元と高対称で特徴づけられるハイパーマテリアルの典型系である準結晶は、3次元空間では周期秩序をもたずに準周期秩序をもちます。したがって、その原子配列は3次元では一見複雑で理解不能ですが、補空間を通して理解することが出来ます(図1)。たとえば、正20面体準結晶の準周期な原子配列秩序は、6次元周期結晶を無理数の傾きで断面をとって得られる構造に対応します。一方で、有理数の傾きの断面から3次元の周期をもつ構造(近似結晶)が得られます(図2)。準結晶とこれらの近似結晶は同一の補空間構造をもつ高次元結晶から得られます。準結晶は、現在までに100種類を超えるものが創製されてきました。しかし、その多くは構造が未知のままです。また、静的構造だけでなく、動的構造やエネルギースペクトラム構造の特徴を明らかにすることが学術の進展のために必要です。本計画研究では、高次元と高対称で特徴づけられるハイパーマテリアルの構造的側面に焦点をあて、その原子スケールからマクロスケールまでの静的・動的構造を実験室系X線、中性子・放射光大型施設の最先端計測法を駆使して組織的に解明します。そして、得られた構造的知見にもとづいて、個々の物質群を越えて、ハイパーマテリアルが普遍的に示す安定化機構や、特異な物性機能を理解するための補空間物質科学の構築の基礎を与えることを目的とします。そのために本計画研究では、1)ハイパーマテリアルの評価・構造解析、2)構造可視化と結晶構造データベースを用いた記述子・トポロジー探索、3)相転移・補空間ダイナミクス・低エネルギーの観測、という3本柱で他の計画研究班と協働して研究を推進します。

図1.YbCd正20面体準結晶の補空間構造
図2.同じ高次元結晶から導かれる近似結晶と準結晶構造
A03:ハイパーマテリアルのインフォマティクスとhidden orderの探索
研究代表者 吉田 亮(統計数理研究所 データ科学研究系・教授)
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ハイパーマテリアル(準結晶・近似結晶等、補空間を含む高次元空間で統一的に記述される物質群)を対象とするマテリアルズインフォマティクス (MI) の学術基盤を構築します。従来の物質科学は、研究者の経験や勘に基づくデザイン、シミュレーションと実験、設計指針の見直しという循環を延々と繰り返してきました。しかしながら、人知によるデザイン、計算、実験の循環だけでは決して超えられない壁が存在します。このような従来型の研究手法にデータ科学の先進技術を導入し、研究の在り方を刷新する。これがMIのミッションです。近年、様々な物質・材料を対象にMIの学術基盤が急速に形成されつつあります。しかしながら、ハイパーマテリアルのMIは未踏領域であり、学術創生に向けた動きは国内外ともにみえてきません。我々はこの未踏領域を開拓します。

本領域における本グループの役割は、データ科学と計算科学を技術面の柱とし、領域内の様々な研究をつなぐ循環系を構築することです(図1)。これを実現する上で最も重要な要素技術は、機械学習に基づくハイスループットスクリーニングです。機械学習で組成から物質の構造(準結晶・近似結晶・その他)及びその他の対象物性を予測します。この超高速スクリーニングモデルを用いて大量の候補組成からハイパーマテリアルの候補を絞り込み、他の実験系グループ(A01:合成、A02:構造解析、A04:物性測定)に実験計画を提案します。さらに、追加されたデータを用いてモデルの予測精度を改善し、次のステージの実験に移行する。このプロセスを繰り返しながら、新しいハイパーマテリアルを発掘し、構造物性相関分析により補空間上の隠された法則性 (hidden order) を発見します。

図1.データ科学と計算科学を技術面の柱とする領域内ワークフローの形成
A04:ハイパーマテリアルの物性とhidden orderの探索
研究代表者 出口 和彦(名古屋大学大学院理学研究科・講師)
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準結晶や近似結晶など、補空間を含む高次元空間で統一的に記述される物質群を高次元空間(ハイパースペース)のマテリアル、すなわち「ハイパーマテリアル」としています。ハイパーマテリアルは、その高次元性に起因して「補空間」という実空間と直交する隠れた空間の構造自由度を有する特徴があります。

本計画研究では磁性・超伝導、熱電物性、格子物性、輸送現象をはじめとする諸物性を対象として、実空間では複雑怪奇なハイパーマテリアルの原子的挙動、磁気・電子・フォノン状態等を補空間で明快に記述することで、複雑な秩序に潜む隠れた法則性を高次元空間において見出すことを目指します。例として、古賀(A04班)、竹森(A03班)らによるペンローズ格子における磁性・超伝導の秩序変数の直交補空間解析が明快です。図1のように補空間で見て初めて規則性が明らかになることがわかります。また、異常高温比熱や異常熱伝導を始め、結晶では不可能な、高次元や高対称と密接に関連する諸物性について研究項目間での連携を生かして実験・理論の両面から追求します。

高次元や高対称と密接に関連する新奇物性の探索や新しい測定手法の開発、数学分野も含めた理論研究、ハイパーマテリアルの特徴を活かした応用・実用研究も視野に入れ、他分野との共同研究により分野の垣根を越えた学際的な研究を進め、新しい学理の構築と物質観の創出を目指します。

図1 2次元ペンローズ格子上のスピンの反強磁性磁気秩序を実空間(2次元)から補空間(3次元)にマッピングした図。補空間の赤色の濃度は↑スピン密度、青色の濃度は↓スピン密度を表しており、実空間ではとらえにくかった規則性が補空間では明瞭に色分けされ、視覚的にも規則性をとらえやすくなっていることがわかる。A. Koga and H. Tsunetsugu, Phys. Rev. B 96, (2017) 214402.